戦国BL

□manekarezaru sou
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自分がその時になって、その立場になってみて初めて理解出来る事がある。


想像は想像でしかない。


どんなにロマンチックだと思うような出来事でも実際にそれが起きた時の場の雰囲気は想像を絶する。
それまでは、想像でしかなかったものが、目の前で手に触れ声に触れ現実になって初めて、自分の考えの甘さや意識の低さに心底後悔する羽目に陥るのだ。


スポーツ選手のイメージトレーニングというものが如何に大事なものだったのかという事を、アンジは身に染みて理解した。


だが、全てがイメージで片付くものでは無い。
想定外の事柄は、どんなに自分に落ち度が無くとも起るもので、その全てを未然に防ぐ事は高い確立で不可能なのだ。


未知数の話を未知数で片付けても仕方がない話だが・・、しかし、事実、仕方が無いのだ。


それが例え、一度は心を通わせた相手だとしても、その人の心の中までは全て把握する事が不可能なのと一緒で。










ある薄曇りの日だった。
城中では、朝から何か慌ただしく準備が整えられ、城の者達が、ここ奥の渡りでも右に左にと行き交っていた。
「アキヒサ・・?今日、何かあるんですか?」
アンジはアキヒサの長い髪を梳いて後ろに一つにまとめ束ねる。
束ねた髪の根元に、黒の細い紐をクルクルと数cm巻き付けていき、それを硬く締め縦に折って残った髪はくるりと捻って頭の上に添えた。
「月の厄払いだ」
と、短く答えた後で、アンジの返事が無いのを『理解していない』と受け取ったアキヒサがそれに付け足し補足してくれる。
「俺の身体を心配して、家老達が呼んだ神官や僧侶が、月に一度祈祷やら加持やらで俺の厄を払うのだ」
話しながらアキヒサは膝の上の右腕を左手で支え、その手の指を握ったり開いたりと動かした。
まだ動きはゆっくりで、なんとかやっとで力を入れているという様子。
いつもは冷徹で凛々しい横顔にしっとりと汗を滲ませ、動かない右腕に力を入れる度に、その目元を苦痛に歪ませていた。
アンジはそっと手を添えて、アキヒサの右手を手の甲から握り、しっかりと握りこぶしを作れるようにサポートした。
それを何十回か繰り返した後、アキヒサは自嘲するように口元を緩めた。
「この手で何が出来るというのか・・。親父が俺を切り捨てたい気持ちが俺にもよくわかる。お前の手を握る事も掴む事も出来ないとは、本当に情けない」
「そんな事」
『無い』と言い切れずに言葉に詰まると、アキヒサがゆっくりと息を長く吐き出した。
「お前を護る事も抱く事も出来ないような無能に、一国一城の主が勤まる訳が無いだろう。そう思われても仕方が無い」
その言葉に反して、アキヒサは何かを決心したようにキリっと視線を前に据えて立ち上がった。
アキヒサの足下から見上げたその姿は、彼が怪我をする以前の表情に似ていて思わずアンジの胸がドキリと疼いた。
強い眼光に宿った光、胸を張ってピンと伸びた背筋に、引いた顎。
自分がここに来て良かったと思える程に、アキヒサの表情や身体は力を取り戻してきていた。
この時代の加持・祈祷がどのくらい重要なのかはアンジにはわからなかったが、それでも何でも、効くというなら神にでも縋りたいという気持ちはわかっているつもりだった。
ただ、アンジのいた現実には、アンジが望むような神様は現れてはくれなかったし、多種多様な神様の種類に、はっきり言って『どいつに頼めばいいんだよ』と愚痴りたくなる程で、どの神社にどのくらい祈ればいいのか、他の神様に同時に祈ってはダメなのか、いつまで祈り続ければいいのか、等々迷ってる内にどうでもよくなってしまったのだ。


なぜなら神に祈るより不登校する方が早く簡単に成果を得る事が出来たからだ。


そう思って、自分がこの世界にいる現実はどういう事なのかと考えた。
大して神様に祈った訳では無いし、祈ったのは1年以上も前の一時の事で、それも苦し紛れに教室の中で『神様助けて!』と祈っただけだ。


机の上にはボロボロにされた教科書、その文章はマジックで一行一行を丁寧に塗りつぶされていた。
皆がクスクスと笑いながらこっちを盗み見ている。
僕が泣くのを今か今かと笑って待っている。
泣いて堪るもんか!と、心の中で怒鳴ってみても、怒りよりも悲しみの方が激しかった。
胸に奥がズキズキと痛み、涙が込み上げてくる。
こんな所に居たくない。
正直な気持ち、ここから逃げ出したかった。
教室から駆けて逃げ出したい。
だけど、それも出来ずに僕はただ顔を俯かせて椅子に座っているしか出来なかった。
心の中では泣き叫びながら。


誰か助けて!
誰か!
ここから僕を連れ出して!
お願い!神様!


そう祈ったのは、数多くはなかったが、それでも神様に縋りつきたくなる位いには自分は弱っていた。






アキヒサの顔を見つめていたら、そんな事を思い出してしまった。
あの苦しかった日々を。
だけど、もし、あの時の願いを今になって神様が聞いてくれたのだとしたら随分待たされたし、何も時代ごと変える事無いじゃないか・・と、愚痴りたくもなってくる。




思い出に浸り、急に黙ってしまったアンジにアキヒサが声を掛けた。
「さては、アンジ、お前は神を信じていないな?」
そう笑われて、アンジは口を尖らせた。
「信じてない訳じゃないんですけど・・多いんですよ。どれがホンモノか見分けられないし・・」
「阿呆。どの神様も本物だ。だが、多いのは確かだな。お前の心がコレと響いた神を選べばいい」
さあ、立て、とアンジを手で招いたアキヒサは、アンジに自分の刀を持たせると自分の後を付いてくるように指示した。
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