戦国BL
□tukinonaiyoruni
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月の無い夜。
なにかがいる気配がする。
闇の中で息づかいが聞こえた。
何も動いていないのに、何かが動いているように見えた。
なにかがいる。
それは、恐怖。
心が生み出す怪物だ。
月の無い夜、全身が総毛立つ。
鷹峰、死ぬな・・!
闇の中、一陣の風に一斉にざわめく草木の影。
僕は前も後ろも分からずそこに立ち尽くし、ただ祈るしか出来なかった。
話は半日逆上る。
彩瀬から逃れ、鞍馬へと走る鷹峰とアンジ。
鷹峰の背中で揺られるうちに、体力の消耗からかアンジはウトウトと眠気に襲われていた。
時々大きく蹴り上がる鷹峰に体を揺らされ、アンジは鷹峰の凄まじい足の早さに驚いていた。
鷹峰が急ぐ理由は、彩瀬、ただ一人。
対峙は一瞬だった。
後ろに飛び退いた彩瀬の眼光が、低い体勢でこっちを冷静に見つめていた。
畳に這うクモのような姿勢で、彩瀬が構えたクナイが微かに揺れる。
切られる、その距離が例え一飛びで近づけない距離だったとしても、そう感じた。
あの一瞬、逃げる事を戸惑っていたら、たぶん両手の腱を彩瀬に切られていただろう。
それだけではない。アンジがいる。
手足の腱を切られ動けなくされた自分の目の前で、アンジを切り刻みながら犯すかも知れない。
脳裏に浮かんだ最悪の場面を回避するべく、鷹峰はとにかく走った。
足の裏や脛、太腿や背中にズキリズキリと鋭利な痛みを感じても、鷹峰は片時も休むことなく山中を駆け上って行く。
その鷹峰の必死さが恐いくらいで、アンジは嫌でも彩瀬の事を思い出してしまう。
アキヒサの使いで迎えに来たという彩瀬。
だが、証拠は無い。
アキヒサの名前を騙る人攫いの可能性も・・ある、とアンジはやや絶望的になりながらも考えていた。
そうでなければ・・・、そう思わなければ、アキヒサを信じられなくなりそうで。
フと手首の痣が視界に入り、身体のあちこちから彩瀬の痕跡が疼いた。
それも、たった数時間前だ。
あの男に好き勝手に激しく腹の奥を突き上げられ、相手の物か自分の物か、気がつけば身体中が精液塗れになっていた。
それがたとえ前後不覚の間だったとしても、快感を共なっていた・・という事実が悍ましかった。
嫌悪から、彩瀬に触られただろう場所全てを掻きむしってしまいたくなる。
こんな辛い思いを自分にさせているのがアキヒサだとしても、やっぱりこんな時に思い浮かぶのはアキヒサの顔だった。
もし彩瀬が本当にアキヒサの使いだったとしたら、迎えてくれようとしてる事実は嬉しい。
鞍馬から帰って来いと呼ばれている気がして、アキヒサの低音でよく響く自信満々な声を思い出して涙がこみ上げてくる。
ほんの2週間程度。
なのに、すごく懐かしく思える程に彼から離れてしまっていた。
彼の物になり、行軍中は馬上でさえ、その背や胸に抱かれていた。
肌を合わせて抱き合う事の温かさに自分の中の闇が薄れるのを感じた。
アキヒサの骨張った大きな手、それが何度となく僕の手を包み、指を絡め、その力強さに、求愛に、胸が締め付けられた。
帰りたい。
アキヒサに会いたい。
あの日々に戻りたい。
だけど・・、彩瀬になんてついて行けない!!
「泣いてるのか?」
鷹峰が僕の様子がおかしい事に気づき、少し振り返った。
「泣いてない」
慌てて答えたが、声はか細く震えてしまう。
「そら泣いてんじゃねえか。アンジ、もう大丈夫だ。ほら、見えて来た。鞍馬だ」
鷹峰の肩越しに顔を上げると、鬱蒼と茂る草木の狭間から、チラチラと鞍馬の真っ黒に塗られた門構えが見え隠れする。
また振り出しに戻ってしまった。
彩瀬から逃げきれた安堵より、なんとなくそう思ってしまう。
ここへ戻れたからと言って僕は何もスタート出来ない。
こうして鷹峰におぶさって連れて来られるのは二度目になる。
鞍馬寺は、まるで何も関係無さそうに、だがどこか威圧的に、そこに存在していた。
静かだ。
門を潜る瞬間、僕はこの門の審査をくぐり抜け中に入る事を許されたような気がして、ホッとした。
やはり、ここは強い者が入る場所なのだ。
僕のような人間が易々と通れる門では無い。
そう感じずにはいられない圧迫感がこの門にはあった。
この世界に飛んで来て、自分が望んだ事なんて僅かも無い。
なにかに流されるようにここにいるだけだ。
自分からどこかへ行きたいなんて思ったことも考えたこともなかった。
ただ振り回されて、どうしたらいいのかわからないで泣いているだけだ。
強くなりたい。
もっと自分で自分の身体を守れるように、自分の意思や力で行動出来るように、強くならなければ。
「アンジ、ちょっと辛いが・・我慢しろ?」