戦国BL

□ある僧の苦悩
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朝というには早すぎる程の時間。
まだ空は闇。
星が空いっぱいに広がり、この世界の美しさに心を打たれる。

父母を早くに亡くし、当ても身寄りも無く、道ばたに放り出された自分に差し伸べてくれた手があった。
温かい食べ物と屋根。
それだけで、生きているということが、ありがたいことだと心底思えた。
例え、手を引かれて着いた場所が、厳格な修行僧の寺だとしても、決して逃げ出そうなんて気持ちにはならなかった。
体を鍛えるために、どんな辛い修行にも耐えた。
断食もした。
何日も座り続けた。
1日千回、槍を振った。
火の中も水の中も苦しくはなかった。

自分にやるべき事がある。
毎日の糧。
自分が生きていることの意味。
それが、自分を奮い立たせ、自分の運命と知り、屈強な身体と精神を築いていった。
15年経った今、一人前の僧兵としての自負も自信もそれなりにある。

薄らと、闇が紫に変わる。
遠く東の山に赤い輪郭が現れる。
生き抜いてきた意味を、今、この一瞬に感じた。
全身が金色の光りに包まれていく。
絶対に見ることの適わない眩い光り、その絶対の存在を生きとし生けるもの全てに知らしめるように闇がかき消されていく。
その瞬間、自分の魂もまた新しく塗り替えられ、新しく生まれ変わる。
そうして、今日一日の命に感謝と祈りを捧げる。

はずだった。


暗闇に声がする。
それは、寺主の離れがある方からだった。
いつもなら人は居ない。
客人がある時のみ使われる床(トコ)だ。
微かに聞こえてくる『声』に導かれ、側へ近づいていく。
徐々にハッキリと耳に聞こえてくるそれ。
話し声ではない。
これは『音』だ。
何かをしている『音』。
その音に胸を鷲掴みにされ、寝屋の前で体が金縛りにあったように動かなくなってしまった。

そこで初めて、中から声が聞こえてきた。

「ヤっ・・・あ・・はっはっ」
「苦しいか・・?」
「ウゥ」

耳を澄ましていると、中の人間の様子が少しわかり、何か病があるらしい事に気付いた。
途端、体の強ばりが解ける。
何か得体の知れない物音と警戒した自分を恥じ、そこを去ろうと足の向きを変えかけたその時。

「好きだ・・アンジっ・・好きだ」
「ヤぁ・・んーーーっあ・・」

そこから続けざまに、打ち付ける物音が何を意味するのかということを、例え自分に経験が無くとも理解した途端に、腰が砕けた。

頭に血が上る。
実際に見たことは無くとも聞いたことはある。
そう、二人が男同士ということも理解できていた。

それゆえこれが煩悩というものか・・?
俗や欲、性を捨てたはずの僧が、堕ちる道・・?

足が震え、胸がドクドクと揺れ響き、禁欲が立つ。
思わず、帯の間から着物の前を開き、両手を股間へと突っ込んだ。
百戦錬磨とされる僧兵の屈強な体と精神を持ってしても、アンジの喘ぎを撥ね除けることが出来なかった。

「やめて・・僕は・・あ、いやっ・・はぁっはぁっ」

淫らだ・・っ
こんな女のような艶めいた鳴き声を男が・・?

「アンジ・・オレのモノになれ・・。ずっとここに居ろ。好きだアンジっ」
「イヤぁ・・っ僕は・・僕は・・っアキヒサの・・」
「言うなっ言うなっ」
「ヤっ・・ダメっ」
「オレのモノだ・・!お前は・・オレの・・!」
「アアーっ」

二人の声は囁きのように小さく、吐息と吐息の間に埋もれてしまう独り言のようだったが、自分にはハッキリと全て聞こえた。
拒みながら一つに絡み合う二人の声に、ゾクゾクと背筋が泡立った。
背徳と頭でわかっていても捨てきれず、握る手に力を入れて動かした。
唇を噛み、呼吸を殺し、二人の声に集中する。

「アンジ・・」
掠れた男の声が少年を呼ぶ。
「・・アキ、ヒサ・・」
少年の泣き声が、身体を繋ぐ相手と違うだろう名を呼んでいる。
「呼ぶな。アンジ・・オレを見ろ・・」
二人が見つめ合っているらしく、何も聞こえなくなる。
息を詰めていたように、少年が息苦しそうに男を呼んだ。
「たか・・みね・・ぁ」

そこで相手が誰か理解した。
が、手で押さえてももう遅い。
そいつの顔が頭に思い浮かぶ。
と、同時に勢い良く真っ白な粘液が、ビシャッと、土の上へ飛び出した。
身震いしながら、背中を丸め、棒を擦り全てを絞り出す。

あの・・鷹峰か・・!!
この鞍馬でエリート中のエリート!!
生まれこそはっきりしないが、武家の隠し子ではないかと聞く。
そんな男が・・・!?
狂ったように男子を掻き抱いていると・・!?
落ちたか・・鷹峰・・!!

そう思った自分も、既にひと事では無い。
目の前に散った白濁を、慌てて土で覆い隠し、白々と明るくなってきた空に怯えて、滝へと急いだ。

こんな事が・・あって堪るか!
こんなこんな・・!!

冷たい水の中でも、熱は収まらなかった。
アンジの声が耳の中で木霊する。
堪らず、握りしめた手を動かした。
そうする事、約30分。
3度の放出に、体力も限界に近づき、川から上がろうと顔を上げると、そこには鷹峰が立っていた。
「流石に早いな。オレが一番じゃなかったか」
内心飛び上がりそうになりながら、「お先に」とすれ違う。
川から出て、あまりに水浸しの着物を絞っていると、その背後で鷹峰が着物を脱いでいた。
その背中。
厚い筋肉のついた右の肩上から背中へ、くっきりと爪痕が4本引かれている。
色濃い情事の痕に、カッと顔が熱くなり、急いでその場を離れた。

禁欲・・!
雑念・・!
無我・・!!

必死に頭の中で教本を念じる。
こんな事で心が揺れ動くなど坊主の恥!!
心を真っ新にして、邪念を払うことこそ己の修行!!

と、庭を掃除に出て来たガキ共が笑ってオレを指差してくる。
「鼻血!!鼻血!!」
「2本出てる!!」

無念・・!!


end

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