戦国BL

□yumenomatayume
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「彩瀬(アヤセ)、いるか?」


天井を見つめ、アキヒサは口元だけをそっと動かして呟く。
と、瞬く間に男が部屋の中へ現れ、アキヒサの枕元へ静かに座した。

「ここに」
落ち着いた彼の低い声に、安堵の息をつき、男の方へ目をやる。
「頼みがある」
男は目だけで笑い、「なんなりと」と、アキヒサの言葉を待つ。

アキヒサはあの戦で傷を負い、右腕で物を掴めなくなっていた。
傷はもちろん、それだけではなかった。
背後から槍で突かれ、咄嗟に体を捩り、寸でのところで首を掻き切られるのは免れたが、その刃が肩の上を滑り、首にある太い血管を傷つけた。


噴き出す血に舌打ちし、片手で傷口を抑えたが、目の前が白くなる。
膝から崩れそうになって片手の大刀を地面に突きたてて体が頽れるのを防いだ。

死への恐怖はなかった。

が、アキヒサの脳裏にアンジの顔が浮かぶ。
途端、ぼやけていた視界が鮮明になった。
目の前では血しぶきが上がり、断末魔の叫びがそこかしこに響く。

死ねない・・!
私を待っているのに、私が迎えに行かず、誰がアンジを守れる!?

ヨロヨロとなりながらも必死に足を前に出す。
「取った!!」
大声に顔を上げると、刀を振り下ろそうという敵将の姿が目の前にあった。
一の太刀を大刀で受けたが、次の手が上がらない。
次の太刀が振り上げられる。

「彩瀬!!」

呼んだとほぼ同時、目の前の敵が斬撃と共に勢いよく崩れ落ちた。
敵将の背後には、 細身で少し手足の長めに見える男が、両手に持った刀の血を手元で回転させて振り払い、刀を鞘へ収める。
『彩瀬』だ。
この名を呼ぶことは、自分の中の禁忌だった。
彩瀬は、父から与えられた忍だった。
彩瀬を使うということは、父の手を借りるということ。
つまり父の手駒である彩瀬を使うということは、全てが父に筒抜けになるということ。
いや、それ以前に、父の手を借りずとも自分の命は自分で守る。守れない時は、それは死ぬ時だ。
ただそれだけのことと、自分の生き死にに親を頼るつもりは微塵もなかった。

だが、その手を使ってでも、生き残らなければならない理由が今はあった。
アンジだ。
無意識下にアンジの顔が浮かんだ。

あの頼り無い少年を私以外の誰が守ってくれるだろうか?
この乱世ではあり得ない程に弱い。
些細なきっかけで瞬く間に殺されてしまうだろう。

私が行かなければ。

その想いが、己の見栄も外聞も吹き飛ばした。
しかし・・一か八か、呼んでみて、目の前に現れた彩瀬に思わず苦笑してしまう。
「本当に居たとはな・・」
ずっとどこかに潜み、こちらを伺っていたのか。
父から賜った以来、一度もその姿を見たことはなかったのだ。
それがこの土壇場で名前を呼んだだけで目の前に現れるとは・・。
嘘のような話に死にかけていながら笑ってしまう。

「死にそうだ。なんとかしてくれ」
「御意に」

彩瀬はアキヒサの肩を支えると、千と転がる死体の上を素早く走り抜けて行く。
彩瀬が何かを叫び、人垣を超えて馬に股がると風のように早く戦場を離れた。
激しく揺れる馬の上で、いつしかアキヒサは意識を手放していた。
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