Hermit短編

□スイカズラ
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高台に続く長い階段を、手に手を取って登っていく。
小高い丘の裾から頂上までを一気に結ぶ石段は、それでなくてもきつい道のりなのに、先の見えない夜ともなればなおさらだ。
ひとりでは挫けてしまいそうな暗い道を、今はふたりで笑って登る。分かち合う相手がいれば、このくらいの困難は困難と感じない。

(妹〈いも〉と登ればさがしくもあらず……)

色々なことがあった去年、興味が湧いて「古事記」を少しかじった。
おおまかな筋立て以外はもうほとんど忘れてしまったけれど「愛しいお前と一緒なら、険しい山を登ることも苦ではない」と歌うこの一節だけは、今でもそらで言える。
ここをこうして登る時、いつも思い出すからだ。

「杏子?」

物思いに足を止めた私を振り返り、我が背の君が首を傾げる。山頂から吹き下ろしてきた風がその茶色い髪を揺らし、同じ色の瞳が宵闇にまたたいた。
初夏の夜風の心地よさも、まだ若い緑の清々しい匂いも、まるで彼そのもののようだ。まさしく生まれ月とは言っても、この季節がこんなに似合う人もきっとそういないだろう。

「なんでもない」

そう言って笑って、差し伸べられた手を取り、彼と同じ段に上がる。
そのまま猫のように体をすり寄せると、大きな手で包むように、くしゃりと頭を撫でられた。
明るい町中ではできないような大胆な振る舞いも、今、ここでならばできる。

そう。門限までのわずかな時間にわざわざ寄り道をし、バイトの後のくたびれた体で険しい山道を登る理由。
それはひとえに、束の間の気兼ねない逢瀬のためだった。
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