HERMIT

□IT'S A LONG WAY
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六月十一日(土) 熱気立つ大浴場

「どう?」
「いると思う。五メートルくらい先。少し左寄り」
「わかった。下がって」

扉の向こうを見透かすように目を据えたまま言う鳴上くんに、こくりと頷き返してその場を離れる。
入れ替わりに彼の元へと向かう仲間たちと目配せしてすれ違いながら、少し離れたところで待機する花村くんの元へと向かった。

「おかえり」

そう言って迎えてくれた花村くんが、スッと前に出る。「ただいま」と答えて、私はその背に回った。


「――いくぞ」

静かに言って、鳴上くんが扉を押す。
サウナのようなこの迷宮は、あたり一面にもうもうと水蒸気が立ちこめていて、メガネで霧を避けてもなお視界が悪い。
扉の向こうもやはり白く煙っていたけれど、鳴上くんはほんのわずかも躊躇うことなく、力強く踏み出していった。

空気が動いてもやに濃淡が生まれ、行く先にわだかまるシャドウが見えた。
異変に気付いたそれらがこちらをとらえるよりも早く、すでに間近に迫っていた鳴上くんが得物を振り上げて牽制の一太刀を浴びせる。辛くも切っ先をかわして散ったシャドウを、千枝、雪子、そして完二くんが取り囲んだ。

「センセー! 敵は三体クマ、油断禁物ね!」

クマきちさんの助言に頷いて構えを解いた鳴上くんが、右手を目の高さにかかげる。その手のひらに、あの青く輝くカードがふわりと舞い降りた。

「イザナギッ!」


花村くんの背中に庇われながら、めまぐるしく繰り出される攻撃に目をみはる。
日本刀で斬りかかる鳴上くん、懐深く飛び込んで蹴りつける千枝、扇をひらめかせて炎を放つ雪子。三人とも、制服こそ着ているけれど、目つきも声も動きも、教室にいる時とはまるで違う。

ここは、私たちの常識では測れない世界だ。異形のものが跋扈し、心のあり方が力に変わる。
けれど他のどんな不思議より、武器を手に戦うクラスメイトの姿こそが何よりも非現実的だと、昨日に引き続いて思う。
そして、その驚きを今日一番に体現しているのが、完二くんだ。

「完二の奴、さすがに喧嘩慣れしてんなあ」
「うん。すごい」

腕組みで見守る花村くんも、同じ事を思っていたらしい。後輩の大胆な一挙手一投足を目で追いながら、ちょっと楽しそうに言っている。

私たちの視線の先で、完二くんは、今日が初陣とは思えないほどの堂々とした戦いぶりを見せている。
未知のシャドウ相手に臆することもなく、戦い慣れた他の仲間に遅れを取ることもなく、片手で軽々とパイプ椅子を振り上げてシャドウに向かっていくその姿は、さながら鬼神の如し。

「もし私が戦えたとしても、最初からあんな風にはとても……」
「そこはホラ、適材適所ってヤツだろ」
「あっ!」
「あー、食らったな。まあ、あれくらいならまだ大丈夫」
「回復は――」
「あとでいいだろ。今は流れを止めない方がいい」
「わかった」

同じく今日がデビュー戦の私だけれど、私のクズノハは戦う能力を持たないペルソナだ。
生身の私にしてもごく普通の女子高生でしかないので、完二くんのように前線に出て行くことはできない。
特捜隊ナンバーツーの花村くんのサポートを受けつつ、戦闘中邪魔にならない身の振り方や、戦況の見極め方を学ぶのが今日の私の課題だ。

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