往復書簡

□往復書簡
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宮本 美織 様

昨日は電話をありがとう。
叔父が出てびっくりさせちゃってごめん。
でもあのタイミングで良かった。もう少し早かったらまだみんながいて、話をするどころじゃなかっただろうから。

宮本さんは、風邪、ひいてないですか?
家じゃ壁に耳あり障子に目ありだってのも分かるけど、この季節(しかも夜)に外から電話は心配です。
今日もバイトあったのかな。寒い中帰る日が続くようなら、服や食事はどうか温かいものを。

こちらは今日、終業式でした。
カードには「何の予定もない」なんて書いたけど、イブには陽介が男チームのパーティを企画してくれたし、昨日は菜々子と叔父が帰ってきて、またみんなでパーティになって、宮本さんからの電話もあって…と、思いがけずたくさんの贈り物をもらうクリスマスになりました。
そして、明日からは冬休み。

事件も霧もない稲羽は、実は初めてです。
すごくワクワクしているんだけど、この平和が本当に本当のものなのかを確認するために、今、また、夜の零時を待ちながら、この手紙を書いています。
俺たちが本当に成し遂げられたのなら、マヨナカテレビはもう映らないはず。それを確かめるために。

ああ、また、何から説明したらいいんだろう。
とても全部は書けないことは分かっているんだけど、何も言わずに黙っていることもできない。
それぐらい、衝撃的な体験をしました。

そう、言うなれば、俺は、「超能力者で、異世界を知っていて、奇跡を目にし、神と戦った男」…になりました。
まるで漫画か映画の主人公だよね。でも、全部本当のことです。あと、俺だけの話じゃない。仲間みんな同じ。

<アメノサギリ>というのが、稲羽に霧をもたらした元凶でした。
この国の神話に語られる八百万の神の一柱で、山の神と野の神との間に生まれた、霧と境界線の神、だそうです。
もちろん、目の当たりにした時点では全然知らなくて、これは帰ってきてから本にあたった知識なんだけど。

で、そのアメノサギリが、真犯人の体を依り代にして現れて、言ったんだ。
現実を見ず、虚構ばかりを求める人々の心が自分を呼び覚ました。真実を霧に紛れさせ、シャドウとなって心穏やかに生きることこそが人の望み。そのために自分はテレビの中の世界を膨張させ、世界をひとつにすることに決めたって。
俺たちに覚醒したペルソナ能力や、マヨナカテレビは、その定めを招くために自分が与えたものだって。

アメノサギリがそうして煽った部分があったにせよ、稲羽の人たちも、どこかでは霧に包まれた世界を望んでいたのかもしれない。
その筆頭が真犯人だったと思う。

でも、ずっと「真実」を求めてきた俺たちは、そんなのまっぴらだった。何を言われようと、俺たちは立ち向かった。世界の終わりなんて来させてたまるかって、一心不乱に。
その強い意志の力が、どうやらアメノサギリを退けたんだ。

去り際に「おまえたちが帰る場所の霧を晴らそう」と言った言葉の通り、霧は晴れた。
でも、テレビの中の世界と、俺たちのペルソナ能力はそのまま。
テレビの中の世界とはすなわち「人の心の世界」ってことだったから、パッと消えたりするものじゃないっていうのは分かる。そうしてあちら側の世界が残っている以上、それに触れられる俺たちの力も消えはしないのかも知れない。

でも、だから、あと少しだけ欲しいんだ、確信が。
確かにやり遂げたと思えるだけの、理由になるものが。

間もなく零時です。
外は雨。
今後しばらく雨はないだろうと叔父が言っていました。この先は冷え込んで、みんな雪になってしまうから。

零時を回りました。

何も、起きなかった。本当に、何も。
テレビはただそこに「ある」だけで、薄ぼんやりと光ることも、黄みがかった砂嵐が吹くこともなかった。
雨の音しか聞こえない。
宮本さんがマヨナカテレビを試してくれた時は、いつもこんな感じだったのかな。ずっと地続きに、「当たり前」がそこにある…。

陽介から電話があった。
これってほんとに終わったってことだよなって言ってきた声が、涙まじりで、それ聞いてたらなんか…。
これで終わったなって言い合ったこと、今までにも何度かあったけど、そのたびひっくり返って、でも今度こそ本当だって、俺の心がそう言ってる。

どうやら、俺たちは本当に「日常」を取り戻せたみたいだ。
これで帰れるよ、心置きなく。
大手を振って、胸を張って、君のいるところへ。
だからあと少し、待っていて下さい。
残りわずかな稲羽の日々を存分に楽しんだそのあとで、会いに行きます。

長い手紙に付き合ってくれてありがとう。
またすぐ、年賀状を送ります。
昨日も言ったけど、あらためてもう一度。
よいお年を。

月森孝介
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