往復書簡

□往復書簡
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宮本 美織 様

ただいま、宮本さん。
嬉しいあいさつをありがとう。もちろん手紙も。
すぐ返事がもらえて嬉しかったので、俺もまたすぐ返事を書いています。

菜々子の意識はまだ戻りません。
叔父も、少し調子が良いとすぐ動こうとしてしまうので、治りはあまりよくないようです。
(ふたりは同じ病院に入院しています)

俺は電話のあとからだいぶ調子を取り戻して、前向きに、今できることをしています。と言っても、特別なことをしているわけではなくて、いつも通りの生活をしているだけだけど。
何度も見舞いに行くより、そうしている方が叔父も安心できるようなので。

今日はまた、うちで採れた野菜を一緒に送ります。
稲羽の地野菜シリーズ第…何弾だ? 3? いや4かな。
カエレルダイコンです。

よく見る大根に比べて短くてずんぐりしてるけど、味は良いです。きめ細かくてみずみずしくて、煮ても焼いてもおいしいし、生でもいける。
でもさすがにひとりだと持て余しちゃって。
いったん畑を休ませようかとも考えたんだけど、菜々子が帰ってきた時に悲しませそうで、それもできず。
知り合いの、野菜にこだわりのある奥さんには「切り干し大根にするといいわよ」って教えてもらったけど、近頃のこちらはますます霧が多くて、とても野菜が干せる天気じゃないので、食べてもらえたら嬉しいです。

肉丼はおいしくできました?
ぜひ稲羽で本物も味わって欲しいと思うけど、今こちらに来るのはおすすめしません。
長く続く霧のせいか町の様子が変わってきていて、残念ながらあまり良い雰囲気ではないので。

宮本さんとの電話や、手紙から、穏やかな日常の空気が伝わってくるのにすごくホッとしています。
町の外には今までと変わらない生活があるんだって感じられると、この町の異変も長くは続かないだろうと、そう思うことができるので。
止まない雨がないように、晴れない霧もない。
町は落ち着きを取り戻し、菜々子もきっと元気になる。

宮本さんがいろいろとこちらのことに興味を持って、気にかけてくれるのを心強く思ってます。
マヨナカテレビもまた試してくれてありがとう。やはりそちらでは見られないんだね。

テレビには「潜る」と言うのが合っているかなと思います。画面が水面みたいに波打って、ずぶっとのまれる感じになるので。
最初は怖さもあったけど、すぐ奇妙な感覚が勝つようになって、今ではすっかり慣れっこになってる。
「証拠は?」って言われたら、実演してみせたいところだけど、マヨナカテレビの映らないそちらで、同じことが起こるのかどうか…。というか、そちらでも能力が消えなかったら、来年は俺、相当気をつけて生活しないと。

来年は、来年はって、手紙になるとそちらにばかり目が向きます。
でもそれも必要なことなのかも知れない。
目の前のことからほんの少しだけ心を逃がすような、そんな時間が。

宮本さんがいなかったら、来年またそちらに戻る自分をこんなに前向きに考えることはできなかったはず。
だから、ありがとう。何度でも。
ありがとう合戦が本当に俺と宮本さんとの戦いだったら、絶対に勝つ自信があります。

月森孝介

追伸:宮本さんの声、俺は去年の印象が残っていたので、電話では懐かしく思いました。笑い声とか、図書室で聞いていたままだった。変わらないね。
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