往復書簡

□往復書簡
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宮本 美織 様

きっと心配させているだろうと思って、すぐに返事を書くつもりだったのに、気がつけば二晩も逃してしまいました。
とにかく書こう、書けば考えもまとまるだろうと、そういう気持ちでペンを握っています。まだ整理のついていないことも多くて、読みにくかったらごめん。

おととい、稲羽でまた事件が起きてしまいました。
しかも被害者は、うちのクラスの担任。
休日の朝一番に飛び込んできた報せに、俺も仲間たちも動揺が隠せませんでした。

割れ窓理論って知っていますか?
小さな犯罪を放置すると、それがやがて凶悪な犯罪を招くっていう考え方です。逆に、例えば割れた窓をそのままにせず、環境を整えているなら、殺人や強盗を遠ざけることができる。

ちょっと違うけど、俺たちがしていたのはそういうことだったはずなんです。
すなわち、俺たちがマヨナカテレビを押さえている限り、新たな殺人は起きない。

そう考えてこれまでやってきたし、実際に成果もあって、もうほとんど確信に近かった。
宮本さんも言ってくれたように、対症療法でも意味はある。このまま一歩ずつ詰めていけばいつか真実にたどり着く、そう思ってた。
犯人が出方を変えるっていう当たり前の可能性がまるで見えてなかったあたり、結局シロウトですね。

仲間がいてくれて、本当に良かった。

リーダーを任されてるのに、俺はうろたえるみんなをフォローもできず、外見だけ取りつくろうので精一杯でした。

でも、俺が何も言わなくても、順繰りに出てくる仲間の言葉が、俺の気持ちを言い当てる。
それをお互いうなずき合って聞くうちに、みんなどこかで同じ気持ちを抱えてるってことが分かって、自然と意見がまとまっていく。ひとりじゃない、弱音は吐いた、じゃあ次は?って、気がついたら前を向いてた。

決断のとき、一番いさぎよかったのが後輩っていうのが悔しいけど、すごく頼もしいと思ったし、新しく生まれたり加わったりした仲間もいて、日が暮れる頃には、またみんなでやっていこうって思えてた。

そんな時に届いた宮本さんの手紙も、すごくタイムリーだったよ。
胸に刺さる問いかけに、ひとつひとつ心の中で答えて、一層決意を固くすることができたし、真剣に考えてもらえてることが嬉しかった。ありがとう。

時には命さえ張らないといけないようなことだけど、それでもこれは、どうしても俺たちがやらなくちゃならないことです。どんなに他の楽しみを尽くしても、これを無視したら、俺の稲羽での一年はたぶん意味のないものになってしまう。

だから、これからも俺たちは進むよ。

警察が犯人の目星をつけたっていう話も聞いたけど、久しぶりに会った例の占い師の物言いからすると、事はそう簡単に運ばなそうだし。

「約束」は、守れるように最大限努力します。
必ず守ると言えないのは、性分なので許してください。魅力的な提案もついてるし、逃すつもりはないけどね。

こちらは来週がテストです。
期末のあとはテスト返しを一日はさんで、そのまま夏休みになります。変わったスケジュール。
点が悪いと補習があるらしいので、良い夏休みを迎えるべく、心してかかります。

長い手紙を読んでくれてありがとう。
安心して欲しくて書こうと思ったのに、ずれてしまった気もするなあ。

あ、最後にひとつ。
七夕に雨が降ると織姫と彦星が会えないのは、天の川の水かさが増して渡れなくなるかららしいです。
だから、曇りなら会える。
年に一度のデートを下界からのぞかれるより、ふたりにとっては好都合だったりしてね。

月森孝介
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