往復書簡短編

□ゼロ日
1ページ/4ページ

2012年4月11日(水) 放課後

むっつりと黙ってお皿を洗う月森くんの横顔を、そんな顔もするんだなあって新鮮な気持ちで眺めてる。お手伝いするつもりで立ったけどする事がなくて、だからって席に戻るのも変な気がして、そのまま隣に並んで立ちながら。

月森くんのおうちでは食器は自然乾燥なんだって。うちはすぐ拭いて食器棚にしまうんだよって言ったら、びっくりされちゃった。

「そうじゃないと、お皿があふれちゃうから」
「ああ、なるほど。うちはあまり揃って食事をすることないからな」

そう言った月森くんはちょっと寂しそうで、そのあと続けて「それなのに……」と言ったきり口をつぐんでしまった――と、今そういうところ。なんて言おうとしてたのか、私わかる。「それなのに、どうして今日に限って家にいるんだ」だよね。

三客のティーセットと三枚のケーキプレートが、ピカピカのステンレスのシンクの中で順々に真っ白な泡にくるまれていく。月森くんの家のキッチンはモデルルームみたいに綺麗。広くて、モダンで、すっきり機能的。あと、なんか爽やかないい匂いがする。

指の長い大きな手をひらひらとさせてお皿を洗う月森くんも、モデルさんみたいにかっこいい。ちょっと険しい表情も絵になるなあ、こんな素敵な人が私の「彼氏」なんだってー、なんて他人事みたいに考えていたら、背の高いその人が最後の一枚を洗い終えて、かがめていた背を伸ばした。

すかさず、蛇口のレバーにタッチ!

目を丸くしてこっちを見た月森くんを見つめ返して、泡だらけのあなたの代わりに私が水を出しますよーって、そういう顔でニコッと笑う。それを見た月森くんは目尻をふっと優しくして、「ハンドル、少し左に。シャワーボタンも頼む」って言った。

シャーッと吹き出すお湯と、ふわり立ちのぼる湯気と、わああーって流されていく泡を見つめながら、聞いてみる。

「月森くん、すねてる?」

うっ、と止まる手が、素直だなって思う。生身の月森くんは手紙の中の月森くんほどおしゃべりじゃないみたい。だけどそのぶん、ちょっとした仕草や表情の変化がいろんなことを教えてくれる。それがわかるこの距離。去年にはなかった近さ、それがとっても嬉しい。

「やっぱりだ」
「そうじゃない……けど、そう、かもしれない」

きまり悪そうに言いながら、一枚、また一枚とお皿を水切りカゴに上げていく月森くん。

「それよりも、ごめん。変なことに付き合わせて」
「あ、ああー。うん、びっくりはしたかな」
「当然だよ」
「その、お母さんにもだけど、月森くんにも……ね」

って、自分で言って、自分の首を絞める。顔まわりがふわーっと熱くなったのは、湯気のせいだけじゃない。
すいっとシャワーの音が消えた。念入りに水を切った手をしっかりと拭いて腕まくりしていたシャツを伸ばし、胸ポケットに入れていたネクタイを戻した月森くんが、私の方を向く。

「驚かせてごめん。でも……」

言葉の先を言う前に、しっとりと温かい手が私の手に触れて、指先をそっと握った。さっきと、同じ。

「いい? 今度こそ」

こんな目で聞かれて、NOって言えるわけない。
少し長めの前髪の下から覗く、吸い込まれそうなグレイの瞳。ちょっとだけ不安そうにゆらゆらしているその瞳の奥の奥で、でも絶対に揺るがないぞって燃えている、強い意志の光。

さっきだって、その急ぎ足に戸惑いはしたけど、嫌だとはちっとも思わなかった。熱い視線に胸がドキドキしたし、絶対に応えたいって思った。

だから今度も、私はこっくり頷いた。月森くんをまっすぐに見つめたままで、痛いほど耳を熱くしながら。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ