往復書簡短編

□私を狂わせるのは
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短縮授業の日、「見たい映画がある」という美織と一緒に繁華街にやってきた。

去年通っていた沖奈の映画館は一館四スクリーンのみだったけれど、この町にはシネコンから単館系までよりどりみどりに劇場がある。
駅を出て、さてどちらへ向かいましょうと彼女を振り返ると、美織は張りきって指を上げ、目の前の商業ビルにある大型レンタルショップの看板を指し示した。



「原作の本がね、すごく好きなの」

俺がついだ飲み物をキッチンからリビングへと運びながら、美織が言う。テレビとソファの間にあるローテーブルまで、ひらひらと蝶のように行って戻ってきた彼女に、今度はスナック菓子を盛り付けた皿を渡す。

「ちょっと古いし、マイナーな映画だから、もう見られないと思ってたんだけど、あそこなら普通はないような作品も取り扱ってるって雑誌で見て……」

さっと流した手を拭って、嬉しそうに話し続ける彼女の後を追う。皿がテーブルに置かれるのと同時に、俺はそこに出してあったDVDを手に取った。

「一緒に見てくれるの嬉しい。それに、月森くんちのテレビ、大きいし」

腕を広げてそう言って、楽しそうについてきた彼女の髪に触れる。俺を見上げた瞳に微笑みかけて、そのまま一緒にテレビ台の前にしゃがみ込む。
薄いケースから取り出したDVDを差し込み口に軽くあてると、プレイヤーはまるで生き物のように、それをするりと飲み込んだ。



映画が始まると、美織は火が消えたように静かになった。本を読むときと同じだ。「ものがたり」に触れるとき、彼女の心は現実を離れ、その瞳にはここではないどこかが映る。
隣に俺がいることさえ、もうほとんど意識の外だろう。デート中の彼氏として寂しくないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に、俺は彼女のそういう姿が好きだった。

静と動。一日の大半を明るく楽しく機嫌よく過ごす彼女が見せる、凪いだ湖面のような静けさ。
思えば、高一の夏の初めに宮本美織という人を知ったのも、このギャップがきっかけだった。稲羽にいた一年の間、手紙のやりとりだけでは感じることができなかったその生身の魅力に、今はこうして間近で触れることができる。それが嬉しい。

(それに……)

この状態の美織なら、どれだけ見つめていても、逃げも隠れもしないでいてくれる。ソファに深く腰掛けているのは、画面と美織の両方を視界に入れたいからで、自分の生活空間でなんの気兼ねもなく好きなものに見入っている恋人の姿は、いつも以上に愛おしく感じられた。

照明を落とした薄暗い部屋の中で、明滅する画面の光が、彼女の瞳に映っている。

映画は、王道のヒューマンドラマだった。都会での日常に疲れた女性が、両親亡きあと荒れ放題だった実家に戻り、地域の人々と関わり合う中で、家と自分とをゆっくりと立て直していく。どこか、去年の自分に重なるストーリーだ。

派手さはなく淡々と話が進んでいくけれど、有名無名問わず芝居のできる役者が揃っていて見応えがある。それに加えて映像が美しい。海と山に挟まれた小さな町を照らす月の光、そして、朝焼けの太陽に輝く黄金の海――。

(月の光に、黄金の海……)

どこかで聞いた取り合わせだと思って、ソファに体を沈め、しばし記憶の糸をたぐる。折しも映画は山場を迎え、小さいけれど大きな事件を乗り越えた主人公が、夜明けと共に「生きること」の意味に気づいて顔を上げる。

(あ!)

それと同時に自分も思い出して、思わず美織を見た。そして、食い入るように画面を見つめる彼女の横顔と、はらはらと頬を伝う涙に、大きく息をのんだ。
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