みじかいお話

□秘密
1ページ/2ページ

私が忍ばせておいた封筒を手に、その人は現れた。

「ど、どーもー花村でっす。あー、話って、その……何?」

そう言いながら入ってきて、教卓の辺りで足を止める。窓際の一番前の席で待つ私までは、まだ少し距離がある。

「とりあえず、来てくれてありがとう」

行儀悪く長机の上に腰掛けていた私は、そこからひょいっと下りて彼に向き合った。

花村陽介くん。
最近この予備校に通い始めた、私とは違う高校の男子だ。

イケメンが入って来たと女子の話題を攫うくらいには、整った容姿をしている。髪も明るく染めて、私服もセンス良く、こうやって呼び出されることなど珍しくもなさそうな人物だ。

なのに今、彼は傍目にも明らかなほどカチコチに緊張して、ちょっと予想外の反応を見せている。黙っていてもヘラヘラと近寄ってくるだろうと思っていたのに、その様子がないので声をかける。

「もう少し、近くに来てくれる?」
「お、おう」
「もっと、あと少し……」

言われるがままに、しかし一歩ずつジリジリと近付いてくる花村くん。
若干まどろっこしいけど、タイミングを見計らうには都合がいい。
そしてついにあと一歩の所までやって来た彼の手を、私は今だとばかりに素早く踏み出してむんずと掴み、横にある大型モニターに向かって思い切り引っ張った。

「うわわわわーっ!」
「入った!!」

やっぱり、見間違いではなかった! 大教室の視覚補助の為に設置されたテレビモニターに、花村くんの手と自分の手が、肘までずっぷり飲み込まれている! 信じられない! 

「なっ、何すんだバカ、危ねーだろ!!」
「危ないの? 何が? どういう風に? あ、感電するとか? 別に何も感じなかったけど。っていうか、どういう仕組み? いや、仕掛け? なんで手が入るの? どこまで入れるの? 中はどうなってるの?」

弾けるような勢いで腕を引き抜いた花村くんに、負けず劣らずの勢いで矢継ぎ早に聞く。
すっかり気を呑まれた様子の花村くんは黙ったまま睫毛を伏せ、答えてくれない。

「花村くんって手品師?」
「……ちげーよ」
「でもクマ飼ってるって聞いた」
「ガチのクマじゃねーし! しかも飼ってるわけでもねえ! ……とは言い切れないか」

何やら考え込む横顔を見せ、頭を掻き掻き彼は言う。

「模試の日だろ」
「うん」

その日に、私は見たのだ。何がどうしてそうなったのかは分からなかったけれど、今と同じようにこの教室でこのモニターに刺さった手を、しまったという顔で素早く引き抜いた花村くんを。

「誰もいなかったはずなんだけど」
「廊下、通りかかって、ビックリしてすぐ逃げた」
「マジかよ……」

思いっきり皺を寄せた眉間を、さらに指で押さえて呻く花村くん。

「ねえ、どうなってるのか教えてよ。手品じゃないなら何なの?」

私はもう堪え切れない。聞きながら自分の手でモニターに触れてみても、それは当たり前に固く、内部への侵入など全く受け付けない。
理解不能な現象を目の当たりにして、好奇心が止まらない。つまらない受験勉強の日々の中、こんなにワクワクすることが起きるなんて思ってもいなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ