Hermit短編
□花と風
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「キョーちゃんは、どんなことお祈りしたクマ?」
伏せていた顔を上げたら、傍らのクマきちさんにそう聞かれた。
言われてみると何を思って手を合わせていたのか意外にも分からなくて、見つめる手のひらに答えを探してみる。
けど――。
「ただ先輩のこと思っただけ、かな」
「そうクマか」
ふたり並んで見つめる先にある真っ白な花束が、そよ吹く風にリボンを揺らしている。
「クマはねえ、ごめんって、たくさん」
「そっか」
静かに打ち明ける言葉に、以前、問われるままに小西先輩の話をした時のことを思い出す。
あれはクマきちさんがペルソナを手に入れてすぐの頃で、他愛もないあれこれに答えたあと、どうしてそんなことをと聞き返したら、教えてくれた。
ここに先輩が落とされた時、まだ何の力もなかったクマきちさんは、先輩も、そのシャドウも怖くて、ただただじっと隠れていたこと。
自分のシャドウと対峙して、消えたくないと思ったこと。
「死ぬ」とはどういうことなのか、初めて理解したこと。
『クマ何もできなくても、それでも、少しでも一緒にいてあげたら良かった』
そう言って空色の瞳を伏せたあの日のように、今は着ぐるみの背をまるめ、じっと花を見つめている。
私は反対に視線を上げて、無人の店の看板を見た。
――コニシ酒店。
テレビの中にやってきたのは、鳴上くんを見送って以来初めてだ。
あの日と変わらず、沈黙する町はまばゆい光に美しく輝き、遠い山には若葉の緑が萌えている。霧のない常春の世界すべてを包みこむ、ぬけるような青空に、もう会えない人の面影を描く。
「先輩は、きっと分かってくれてると思うな」
「んふふ。そうだといいクマー」
見合わせた微笑みの間をぬった風が、甘い薫りを運び、クマきちさん自慢の毛並みをなびかせる。
あれから一年。
先輩はいま、どこから見てくれているのだろう。