Hermit短編

□あのふたり
1ページ/5ページ

月高のゆかりちゃんに「あのふたり」って言われて、本当はとぼけてなきゃいけなかったのに、咄嗟にお芝居ができなかった。
「あー、あのふたりねー。んー」なんて濁しながら、クリームたっぷりのもったりしたドリンクをストローでかき回す。たぶんこれ、「やそがみこうこう」の屋上フードコートで一番ハイカロリーなやつ。
スタイル維持に難アリだから普段はこういうの選ばないんだけど、ベルベットルームに籠もりっきりでナビしたあとはどうしても甘いものが欲しくなっちゃう。特に今のダンジョンはそう。オバケ屋敷ムリ、キライ、シンドスギ。

「あれ、そんなビミョーな感じなの?」
「んー、たぶん……」

どっちつかずな返事が意外だったのか、テーブルの向こうでゆかりちゃんが目をぱちくりさせてる。時間をなくしちゃってるこの世界の、ずっと変わらずに薄青い空を背景に、綺麗にマスカラの乗った長い睫毛がまたたく。

「あ! さてはりせちゃん、なんか知ってるんでしょ」

そのうちに、ピンと来た顔でゆかりちゃんが眉をはね上げた。鋭い、とも思うけど、これだけ持って回った言い方してたら、そりゃ何かあると思うよね。

あのふたり――っていうのは、花村先輩と杏子先輩のこと。
ゆかりちゃんも私もはっきりそうって言ったわけじゃないけど、それで間違いないのは分かってる。だって、八高組の中で「付き合ってるの?」って続いた質問に当てはまりそうな「ふたり」って言ったら「あのふたり」しかいない。

しかも私、そんな先輩たちの関係について、本当に秘密を知ってる。それもかなりフレッシュな情報。
ここに来るちょっと前の探索中にあったこと。花村先輩からシャドウっぽいけどシャドウじゃないような、よくわかんないものが出て杏子先輩を攫ってっちゃったこと。そのことを口外しないでくれって花村先輩が頼んできたこと。戻ってきた杏子先輩の目に泣きはらした跡があったこと。ね、絶対なんかあった感じでしょ?

でも実際に何があったのかは分からない。ヒミコで追跡できたのは、攫われた杏子先輩が行き止まりの道に連れ込まれたところまで。そこから先はクズノハに隠されてサッパリ。これで何かヤバいことがあったって感じだったら黙ってられないけど、そんなことは全然なくて、むしろあれ以来、先輩たちはなんだかちょっとイイ雰囲気で――。

王様の耳はロバの耳……じゃないけど、言っちゃいけないことを抱えてるのって苦しい。その上一番肝心なところがわからなくって、しかもそこのところがもんのすごーく気になっちゃうってなると、余計に。
口が堅くなきゃ芸能界は渡れない。口止め料にもらったケーキも美味しかった。けど、「あのふたり」について誰かと話したいってフラストレーションはずっとあって、そこをゆかりちゃんにズバッとやられちゃった感じ。

「まあ、知ってるような、知らないような、なんだけど……」

それでも、ギリギリまで良心と綱引きして、まだそう言ってお茶を濁した。
けど、興味津々で言葉の続きを待ってるゆかりちゃんの顔が目に入ったら、なんかもう、いいかなって気になっちゃった。だって年頃の男女がこれだけ集まってるんだもん、恋バナのひとつくらい楽しまなくっちゃじゃない?
悠先輩や直斗くんには言わなかったし、八高の他の仲間にも絶対に言わない。でも、現実じゃない世界で出会った、生きてる時代さえ違う友達が相手なら、その辺ちょっとユルくなっちゃっても……。許してくれるよね、先輩。

「――ていうか、ゆかりちゃんこそなんか見た? 早く自分も話したいって、なんだかウズウズしてるみたい」
「あ、バレちゃった。って言っても、見たってほどのことでもないんだけど……」

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ