Hermit短編

□よばう
1ページ/2ページ

呼ばれれば振り返る。
それはもう、いちいち考えもしないほど当たり前のことで、しかもバイト中であればなおのことだ。
「すみません」でも「おい」でも「アンタ」でも、それが私に向けらているならば一も二もなく返事をする。

名指しで私を呼ぶその声に、そんなぞんざいさは全くなかった。
それはむしろとても丁寧な呼びかけで、でも時と場合によってはその丁寧さが逆に違和感につながることもある。
なんでそんな呼び方をするのかと驚いて振り向くと、そこにいたのは思っていた人ではなかった。

目を丸くする私につられたように、自分も同じ顔をして、店長は申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「ごめんね、驚かせちゃったかな」
「ああ、いえ、あの」

ジュネス八十稲羽店店長、花村陽一さん。
食品の売り場に出ているから、エプロンこそ同じものをかけているけれど、しがない学生バイトの私にとっては上司の上司のそのまた上司くらいに当たるはずの雇い主だ。
そして、ごくごく個人的な話をするならば、私がお付き合いしている彼の、そのお父さんでもある。

公私に渡ってお世話になっていることもあって、名前を呼ばれるのも別に珍しいことでははない。けれど、こんな風にドキリとさせられたのは、これが初めてだった。

「ええと、花村く……じゃなくて、陽介くんかと思って」
「陽介?」
「はい。今の声、似ていたので」
「ああ、時々言われるなあ。そんなにだった?」
「はい。『さん』付けに驚くくらいには」
「さん? ああ、そうか」

言葉の意味を一瞬考えてから、ピンと眉を上げてにっこりと笑う。
花村くんと店長は、親子らしく背格好や纏う雰囲気が良く似ている。
けれど、私が何より血のつながりを感じるのは、この人当たりの良い笑顔と――。

「悪かったね」
「いいえ、何も」

こうして、何でもまず自分の側に引き受けて、事を収めようとするところだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ