薄桜鬼
□藤堂くんと城下町
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「平助。あれは何だ?」
城から、人で賑わう城下町を見下ろし、その一点を指差して平助に問う。
「ん?甘味処だよ。あぁやって縁台に座って、団子とかを食うんだ」
「外で食べるのか!?お膳がなかろう!?」
「別に、団子に膳は必要ねぇだろ……もしかして、食べたことねぇのか?」
「………………」
一瞬、答えるのを躊躇ったが、見つめてくる平助に根負けして、重い口を開く。
「………食べたことも何も、私は城から出たことがない……」
呟くように言うと、平助の口があんぐりと、目がぱちくりと開いた。
「わ、悪いか!この城の姫として生まれたからには、そのようなことは当たり前であろう!」
「出たいって思ったことねぇ?」
「…父様も母様も、私の身を案じて下さっているのだ。だから、城から出られずとも何不自由ない」
出たいと思わない、というのは嘘だ。
出して貰えるなら出たい。
城の外の景色など、所詮眺めていることしか出来ない。
私は、一人では飛び立てない雛鳥だから――
籠の中の鳥が空を見上げるように、もう一度城下町に目をやると、嘸美しく着飾っている訳でもない娘達が、愉快に行き交っている。
華美な簪、華麗な着物に着飾られた私でも浮かべたことない表情で――
「雛姫」
名を呼ばれると同時に手が掴まれ、私は立ち上がらされた。
「行こうぜ!」
「ど、何処にだ!」
「町だよ。俺、巡察行ってて京には詳しいからさ!」
「しかし…」
城から出る期待と不安、そして何故か恥ずかしさで戸惑うと、平助は笑って見せた。
「大丈夫!俺は雛姫の護衛だろ?安心しろって!」
その笑顔に、何も言えなくなってしまう。
太陽に引かれるように、私は空へと飛び立った。
「わぁ!思ってたより京というのは広いのだな、平助!」
私達は城の者の目を盗んで、やっと町までやってきた。
初めて足を踏み入れた外の世界に、私からは感嘆の声しか出ない。
「すげぇ広いから、あんまりうろちょろすんなよ」
そんな平助の声を背中に、私は建ち並ぶ店を片っ端から覗き込む。
いつも見下ろしていた町に自分がいることが可笑しくて、下駄を履いているにも関わらず、自然と駆け足になった。
この娘達は、何時でもこのような所に来れるのか、と思うと羨望が生まれる。
突然、今まで規則的に揺れていた、この町には不釣り合いな簪が、大きく揺らされた。
「いっ…貴様!気を付けろ!」
私が肩を押さえ、通り過ぎようとした大柄な男に向かって叫ぶと、男は明らかに気分を害したようにジロリと睨んできた。
「あん!?何だと、小娘が!」
「小娘だと!私を誰だと思っている!」
「随分意気がいいな。そういう女、嫌いじゃねェよ」
男はニタリと笑うと、私の手を折るように掴んできた。
今更身の危険を感じても、遅かった。
幾ら抵抗しても、太い男の腕に適う訳もなく
「何をする!離せ!」
「俺に気に入られたことを誇りに思うんだな」
「やめろ!」
引き摺られたと思った瞬間、私の視界が遮られた。
それは言わずとも
「平助…」
「ったく…言ってる傍から何やってんだよ」
平助は、見るからに自分の倍以上もある男の腕を捻り上げた。
「てててっ…てめぇ!」
「何だよ。新選組八番組組長、藤堂平助に険でやり合おうってのか?」
「新選組だと!?」
柄に手をかけた男は、改めて平助を見ると、血相を変えて逃げて行った。