薄桜鬼

□まだ気付かない藤堂くん
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「平助!平助!」

襖の向こうから忙しく呼ぶ声に、俺は溜め息をついた。

「はい?何だよ…じゃなくて、何ですか」

「遅い!私が名を呼んだらすぐに来んか」

「いや、十分早ぇだろ!」

「二度も呼ばせるな」

「勝手に呼んでおいて…」

俺は、こいつの護衛を始めて何度目か分からない溜め息をついた。

姫様というからどんな可憐な女かと思えば、何たる傲慢な素性。
所謂、見てくれの姫だったわけで…
俺は、護衛の為城に入れば、肩身狭い思いを強いられていた。


「溜め息など吐いてどうした?」

「あんたのせいだろ!」


けろっとしている雛姫に、思わずそう叫んだ瞬間、騒がしく畳を走る足音が近付き、襖が開かれた。


「貴様!言葉を慎め!護衛の身とて、雛姫様への無礼は許されんぞ!」

「やめなさい!私は構わない。退け」


向けられた幾つもの刃は、雛姫の一言で、簡単に鞘へ収められる。

俺の肩身狭い思いの原因は、雛姫だけじゃない。

俺は女の護衛なんて柄じゃねぇし、左之さんでもやればよかったのに、と今更ながら恨めしく思う。

お偉い方の護衛は金が弾むし、新選組の名を上げるために断れなかった厄介事が俺に回ってきてしまったんだ。

と思いつつも、隊務には手を抜かないのが、良い所なのかどうか…


「気を付けろ、平助。あの者達は、どこで聞き耳立てているか分からんぞ」

「はぁ…そうだな」


重い腰を上げ立ち上がると、雛姫はきょとんと俺を見上げてくる。

こいつのこういう仕草に、俺は思わず動揺してしまう。


「何処へ行くのだ?」

「厠だよ」

「なら、私も…」

「厠まで護衛しなくてもいいだろ!」


主人に置いて行かれた子犬みたいな雛姫に、すぐ戻るからと言い襖を閉める。

どっと肩の力が抜ける感覚と大きい心臓の音。

俺にはまだ、この感情が何なのか、分からなかった――




            終

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