薄桜鬼

□沖田さんとのお別れ
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とうとうこの日が来てしまった。
思ったよりも早く訪れた別れに、私の目からは涙すら出ない。

実感が湧かないんだと思う。

彼と別れることが


「ちょっと。涙の一つでも流しなよ。雰囲気出ないじゃない」

「沖田さん…」


いつも通りの沖田さんに思わず苦笑してしまう。


「何言ってんだ、総司。明日香ちゃんに泣かれたら、余計別れんのが辛ぇだろ!」

「そうだそうだ!屯所、すげぇ寂しくなるじゃんか!」

「女がいなくなるからだろ?」

「新八っつぁんじゃあるまいし!」

「いや、俺は純粋に明日香ちゃんと別れるのがだな」

「五月蝿ぇぞ!武士なら黙って見送れ!」


藤堂君、原田さん、永倉さんは土方さんに一喝され、それぞれ口を閉じる。


「土方さんが一番口五月蝿いですけど」

「言うじゃねぇか」


言い合い始める土方さんと沖田さんを私は、オロオロと交互に見る。


「すまないな…気の利いた別辞も言えず…」

「斎藤さん、気にしないで下さい。こういう雰囲気の方が、みんならしいです!」

「…そうか」


穏やかに斎藤さんは笑う。

涙を流さずに別れよう。
そうすれば辛くないから、綺麗な別れになるから。


「一君。明日香ちゃんは僕のなんだから、土方さんの相手してよ」

「お、沖田さん!」


斎藤さんの方を向いていた私の背後から、急に沖田さんに抱きしめられ、恥ずかしくなってしまった。


「総司。副長をからかうのも大概にしろ」


呆れたように去って行く斎藤さんの背中に、沖田さんはやだなぁ一君、と呟く。


「あの、沖田さん…?そろそろ離して下さい…」


恥ずかしいです、と言う私を沖田さんは長い腕で、更に強く抱きしめる。


「沖田さん…!」

「嫌だ」

「え…?」

「折角、二人きりになれたのに…君を離すなんて出来ない」


まるで駄々をこねる子供みたいいに言われ、思わず口角が上がってしまう。


「好きだよ」


思いがけない告白に驚いて、後ろを振り返れば、待ち構えていたかのように重ねられる唇。

そして私はやっと“別れ”を理解する。

もう、抱きしめられない、口付けられない、触れられないのだと――


「おき、たさん…っ」

「…明日香ちゃん」


涙を誤魔化すように、深く深く幾度も幾度も口付け合う。



やっと唇を離せば、お互い熱っぽい瞳で見つめ合う。

私だけを移す目。
私だけに見せてくれる弱さ。
抱きしめられれば、私だけに聞かせてくれる心音。

私は、彼の温もりを体に残すように身を寄せた。


「どうしてだろうね。やっと、手に出来たと思ったら、こうしていとも簡単に離される……僕は、こんなに明日香ちゃんを愛しているのに」

「私も…沖田さんを、愛しています…離れたくありません」


すると沖田さんは顔を顰め一度だけ、けほっと咳をする。


「そんなこと言われると、帰したくなくなるなぁ」


首元に顔を埋められ、こそばゆい。

だが、言葉とは正反対に彼の力は増すばかり。

それは、切ない力量。


「わかってるよ。君はここにいちゃいけない人間なんだって、僕とは…結ばれないんだってことぐらい…」

「沖田さん……」

「それでも、願ってしまうんだ…君が、帰らないように、ずっと、傍にいてくれるようにって…」


沖田さんが紡ぎ出す言葉が途切れ途切れになる。

それがあまりにも切なくて、私は彼の広い背中に手を回した。


「私もです。自分がこの時代に生まれていたら、沖田さんとずっと一緒にいられたのかなって…」

「明日香ちゃんっ…」


ほろり。
私の首筋に、雫が一つ。


「…格好悪いなぁ、もう…君が泣かないからだよ」


恥ずかしさを隠すようにおどけて言う沖田さんを私は、しっかりと抱きしめた。


「私はまだ、沖田さんと別れる実感がないんです。また明日、いつか会えるような気がして」

私の言葉に驚いたが、すぐにまたいつもの笑顔を見せる。


「……そうだね」


大きく息を吐いた沖田さんは私の肩を掴み、ちゅっと額に口付けた。

そして、穏やかな瞳で私を見つめ


「明日香ちゃん。もし僕が、」




生まれ変わったら





「また君に出逢い、愛すると誓うよ」

「…はい。私も誓います」


何度だって、あなたに出逢い、惹かれる事を。

まるでどこかの儀式に似た口付けをそっと交わし合う。



















満開に咲き誇った桜がざわめき、別れの時を伝える。

だけど、涙は見せない。
あなたと誓ったから。

――慶応元年。
私は、あなたとの誓いを胸に、この時代を去った。



             終

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