薄桜鬼
□藤堂くんとはぐれる
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祇園精舎の鐘の声。
賑やかな囃子の音が京の町に溢れている。
今日は、お祭りらしい。
私の時代でいう夏祭りのようなもので、いつもより出店も多い気がする。
女の人たちも華やかに着飾って、出店を見て回っているようだ。
当の私も、藤堂君と町に来ている。
巡察のため。
「あーあ、何で政だってのに俺は巡察してんだよ!」
「しょ、しょうがないよ…これも隊務だし、京の為になるよ!」
「京の為っつったってなぁ…当の京は毎度毎度どんちゃんやってんだぜ?俺らにはたまの休みもねぇわけよ」
はあっと大きく溜め息を吐き出した藤堂君を見ていると、本当に疲れが滲み出ていて、胸が苦しくなる。
疲れの原因は、少なくとも私だ。
朝早くや夜遅くと不規則な隊務。
折角の休みの日には、私を町に連れて行ってくれて…彼が休める日はないに等しい。
だけど藤堂君は優しいから私に心配かけないように、文句を言いながらも隊務はきっちりこなすし、私の前では笑っている。
そんな彼に、私は何が出来るだろうか…
「明日香もさ」
「ん?」
「巡察なんて付き合わねぇで祭り行ってよかったんだぜ?折角、左之さんと新八っつぁんが連れて行くって言ってたのに」
彼なりに気遣って言ってくれたのだろうが、私の心はしゅんとしてしまった。
その心を映すように、右手は少し前を歩く藤堂君の隊服を掴んでいた。
「…藤堂君と一緒がいいんだよ。お祭りだって、藤堂君がいなきゃ意味ないから…」
藤堂君は、一瞬吃驚した表情を見せたかと思うと、その頬はみるみる赤く染まっていった。
「馬鹿!…可愛いこと、言ってんじゃねぇよ」
ぐりぐりと頭を撫でた後、ふっと優しい笑みを向けられた。
「んじゃ、巡察がてら町回ってみっか」
「うん!」
その言葉に力一杯頷いた。
なんかデートみたいだね、なんて…恥ずかしくて言えないけど、言った時藤堂君が、デート?と傾げる姿が目に浮かんで、頬が緩む。
しかし、
「きゃあぁあぁぁ!!!!!」
現実はそう上手くいかない。
「ったく!明日香、巻き込まれねぇように、ここいろよ!」
騒ぎを聞きつけ藤堂君は、長い髪を揺らし一目散に駆けて行く。
「藤堂君…!」
隊服を掴んでいた手が行く宛をなくし、空を彷徨った。
行かないで………………
遠ざかって行く背中に手を伸ばしても、手は空気を握るばかり。
その背中は、もう戻って来ないような、このまま何処かへ行ってしまうような気がした。
君追いし
ただの不逞浪士共の喧嘩に少々手こずった俺は、急いで明日香と別れた場所に戻って来た。
戻って来たのはいいが、肝心の明日香の姿がない。
「嘘だろ…っ」
辺りは提灯の灯りだけで、賑やかな通りから少し離れただけで、足下すらよく見えない。
おまけに今日は人も多い。
こんな状況で、見当もなく明日香を探すのは容易じゃない。
でも、早く見つけてやらねぇと!
浪士に襲われるかもしれない、どこかで泣いてるかもしれない…そんな明日香の姿が目に浮かんで、俺の足は自然と駆け足になっていた。
そんな時、
「明日香…!」
人混みの中に、見慣れた小さい背中を見つけ、無我夢中で手を伸ばした。
なかなか掴む事が出来ない。
声をかけても、明日香が振り返ることもない。
それはまるで、俺達の時代の距離を表すように、いつかこうして明日香が、俺から離れて行ってしまうようで…必死に手を伸ばした。
行かないでくれ!
精一杯伸ばした手で握ったものをしっかりと抱き寄せた。
それは小さいけれど温かい、頼りないけれど安心する。
紛れもない
明日香だった――
「と、藤堂君……」
鼻にかかった声で名を呼ばれ、腕に力を込める。
「捕まえた」
ずずっと鼻を鳴らし、明日香は回された俺の腕に手を添えた。
「捕まちゃった…」
「の割に嬉しそうじゃん?」
「…嬉しいよ。藤堂君に捕まえて貰ったんだもん」
…………………こいつ。
本当、可愛いことばっか言ってくれんじゃん。
「いつだって捕まえてやるよ」
こうやって人混みに、時代の波に流されたとしても
俺は、その流れに抗っても明日香を追い求めるよ。
「ありがとう。藤堂君」
「へへっ、もう離さねぇから!さ、行こうぜ!」
しっかりと手を繋ぎ合って、俺達は人混みを駆けて行った。
譬え背中が見えずとも
君追いし
終