薄桜鬼

□さよならの代わりに藤堂くんへ
1ページ/2ページ



「もう、この時が来たのか」


感慨深い雰囲気に、土方さんが目を細める。


「ついこの間、屯所に転がり込んで来たと思ったのにね」


沖田さんは意地悪に言うが、表情は穏やかだった。


「時間とは早いものだ。…いや、お前とだったからかもしれんな」


斎藤さんも微かに、その綺麗な口元を緩める。


「何か…帰るって実感ないです」

「俺らもだ。まだ先の話しだと思ってたんだがな」

「く―っ、明日香ちゃんが帰っちまったら、俺は何を生きがいにすりゃいいんだ!」


遠い目で私を見つめる原田さんと大きい体を縮込めている永倉さん。


「そんなこと言われたら、余計帰るの辛いです…!」


彼らから送られる視線が、目頭を熱くする。

しかし合わない視線が一つ。


「おら、平助!いつまでも餓鬼みてぇに拗ねてんじゃねぇ」


土方さんに引っ張られ、その視線は原田さんの後ろから顔を出す。

が、私を見てくれない。


「平助、格好悪いよ」

「世話になった者への謝意はないのか」

「男ならびしっとしろ!」


みんなに促され、その瞳は戸惑うように揺れる。


「…藤堂君」

「…………」

「藤堂君…?」

「…………」

「平助」

「………っ!」


驚いて顔を上げた藤堂君に、にっこり微笑む。


「やっと、見てくれた」

「……明日香」


途端、勢いよく抱きしめられ、余裕のない鼓動と息遣いが伝わってきた。

彼の長い髪が私の頬を撫でて、くすぐったい。


「本当に…帰っちまうんだな」

「うん…」

「もう、抱きしめられねぇんだな…」


私も藤堂君の背中に腕をまわすと、その体は少し震えていた。


「藤堂君…」

「もう、明日香って呼べねぇんだな…」

「ううん…呼んで。聞こえてるから。私も呼ぶから」

「…明日香…っ」

「平助…」


やっと交わった視線と共に距離が縮められ、唇が重なった。

その口付けは優しくて、切なくて、少ししょっぱい…

彼とは幾度も唇を重ねてきたが、そのどれよりも心に染み入るものだった。

私達は、見られていることも忘れてしまうくらい、お互いに夢中だった。

暫くして、名残惜しそうに唇を離す。


「明日香…たまにでいいからさ、俺のこと思い出してくれな…」

「毎日考えてるよ…朝も昼も夜も。平助のこと、考えてる」

「……明日香」

「だから平助も私のこと、忘れないで…浮気はだめだよ…?」

「し、しねぇよ!俺はおまえ以外、愛せねぇから」


少し冗談めかして言うと、彼は恥ずかしがることもなく、そんな言葉で返してくれる。


私、あなたに愛されてよかったよ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ