薄桜鬼

□藤堂くんとの最後の夜
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情事が終わり、私は藤堂君の腕枕で、直に伝わる体温を感じていた。

彼の手も、優しく私の髪を梳いてくれている。


「ごめんな、疲れただろ?…もう、寝ろよ」

「やだ…」

「何でだよ」

「藤堂君といるのに、寝ちゃうなんて…勿体無いもん」


少しでも長く一緒にいたい。

拗ねたように言うと、ふっと柔らかく微笑まれ、抱き寄せられた。


「俺もだよ…明日香といると、瞬きすんのも勿体ねぇよ」


こうして抱き合っていると、益々信じられない。

明日、私は元の時代に帰り、藤堂君は御陵衛士になるなんて――


「……藤堂君」

「ん?」

「離れたくない…」


私の言葉は、藤堂君を困らせると分かっていても、言わずにはいられない、求めずにはいられなかった。


「もっと、話したかったよ」

「うん…」

「もっと、一緒に巡察行きたかったよ」

「うん…」

「もっと、口付けたかったよ」

「うん…」

「もっと……っ」


涙が、言葉の続きを遮る。

目尻を伝って、彼の腕に小さな川をつくった。


「…とうど…く、ん…っ」


逞しい体に身を寄せれば、すぐに引き寄せられ、全身が熱を帯びる。

しかし、涙だけはそんな熱でも、蒸発してくれない。


「明日香…」

「やだよ…ずっと、一緒にいたいよ…私っ、藤堂君がいてくれれば、それで……んっ」

今度私の言葉を遮ったのは、藤堂君だった。

彼の唇に触れるのも、彼と肌を重ねるのも、今夜が最後かもしれない。

そんな逃げられない現実を前にしても、まだ私は足掻こうとする。


「俺は、明日香を愛してる。娶って、これからも傍にいて欲しい…だけど、お前は元いた時代に帰らなきゃならない。俺も男として、腹括るから…。天秤にかけるわけじゃねぇけど、いつかこの選択が正しかったって思えるから」


藤堂君と離れたことを正しいって?
藤堂君がいない人生を楽しいって?

そんなの思う訳ない。

きっとこの先、私に残るのは後悔だけだろう。


「思わないよ…藤堂君といたいんだもん…」

「今はそうでも、いつか。明日香が俺以上に愛せる奴が出来て、俺以上に明日香を愛してくれる奴が現れたら…」

「そんな人っ…いないよ…」


目が熱く、鼻の奥が痛い、胸が苦しい。

日が昇ったら、もう戻れない。

私は藤堂君の両頬に手を添え、じっと見つめる。


「明日香…?」

「焼き付けてるの…元の時代に戻っても、忘れないように。
だから、藤堂君も…私以外目に映らないように、焼き付けて」

「俺の目は明日香以外映らねぇよ」


流れた涙が、差し込んできた朝日で光る。

まるで、私を急かすように…


「本当に…?」

「あぁ」

「これからも?」

「あぁ」

「ずっと?」


思いを流し込むように口付け合う。

きっと、彼の決意は堅い。
まっすぐに前を見据えて、進もうとしている。
そんな藤堂君を私が阻むことなんて、出来ない。

もう、足掻くのはやめよう。

だから、これだけは言わせて?


「またね…」

「…またな」


幾度となく交わされた視線。
幾度となく口付けられた唇。
幾度となく触れられた肌。
幾度となく重ねられた体。

それはもう

交わされることのない視線。
口付けられることのない唇。
触れられることのない肌。
重ねられることのない体。


共に過ごすことのない夜。
最後の、桜が咲く夜だった――



            終

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