薄桜鬼
□藤堂くんと喧嘩
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「…なぁ、ごめん」
「……………」
「いい加減機嫌直せよ」
「……………」
縁側で月を眺めていた私の隣に座り、何度も声をかけたり突っついたりしながら謝罪するも、私の腸は今だ煮えくり返っていた。
その理由は今朝。
お馴染みの三人が、島原からかなりの泥酔状態で帰って来た。
現代で言う、キャバクラに行って朝帰り、と同じ事なのだから怒るのは当たり前だと思う。
嫌だけど、付き合いなら我慢出来る。
問題はその後に起こった。
前の通り泥酔し、足元が覚束無い藤堂君を支えると、酒気漂う顔を近付けて、頬に唇を寄せられた。
もう…酔っ払って、と言葉とは裏腹に微笑むと、彼は私の名前を呼んだ。
君菊さん、と――
それから彼に平手打ちを送り、今に至る。
酔いはすっかり冷めたようだが、私の怒りは冷めてはいなかった。
君菊さん、と言って私の頬へのキス。
あなたは誰を思っていたの?
「どうすりゃ許してくれんだよ!」
「自分で考えて」
「っかんねぇよ、お前!」
「何で逆ギレするの?
どうせ私は、別時代の人間だからわからないよ!私とじゃ釣り合わなかったってことだね!さようならっ」
「待てよ!」
別時代の人間だなんて、釣り合わないなんて、自分で言ったらお終いだ。
一番離れたくないのは、私なのに――
目に涙が溜まる自分が情けなくて、立ち去ろうとする私の腕が掴まれ、後方に引っ張られた。
その反動でバランスを崩した体は、藤堂君に寄りかかる形になってしまい、彼にしっかりと抱きしめられてしまった。
「ちょっと…!」
「そんなこと、言うなよ…時代何て関係無い。俺は、こんなに明日香に惹かれてんのに…さよなら何て、言うなよっ」
「藤堂君…」
一見華奢に見える彼の腕は、包まれれば力強くて、逞しかった。
それに安心したのか、私が再び縁側に座り込んでしまうと、彼も胡座をかき、そこに私を顔が見えるように座らせた。
「明日香、ごめんな…」
「私の方こそ、叩いてごめんなさい…」
平手打ちをした左頬へと手を伸ばすと、藤堂君は困ったように笑った。
「いや、ぶたれて当たり前だよ。その後、お前に愛想尽かれたんじゃないかって怖くなって、それで気付いたんだ…俺には明日香がすげぇ必要だって」
「…私で、いいの?ここには、君菊さんみたいに綺麗な人沢山いるし…」
「あ、本当ごめん!あれは酒の勢いで…って言い訳はなしだよな」
一瞬あたふたした藤堂君は、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、大人っぽい表情でまっすぐに私を見つめる。
「やっぱ男だからさ、見ちまうのは否定出来ない。けど、抱きしめるのは、口付けるのは、愛せるのは、明日香だけだから。それだけは、信じてくれな…?」
その問いに大好き、と軽く唇を触れ合わせ答える。
すると、藤堂君の胡座に座る私のお尻に違和感が…
「藤堂君…?」
「明日香が、可愛い事するから…っ」
「ご、ごめん…!」
「責任取れよ」
え!?と顔を見上げると、言葉とは裏腹に注がれる優しい眼差し。
月より眩しい笑顔に目を閉じると、唇への温もりとともに、彼は私の名を呼んだ。
呼んで、私の名を
明日香、と
終