薄桜鬼

□沖田さんと脱走の夜
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その日の夜。
私はいたたまれず、遂に屯所を抜け出してしまった。

もう、あそこにはいられないが、離れたくもない。
これがその結果――


京の夜は、月が道を照らしてくれているため、さほど暗くはなかった。

初めて一人で歩く町は、昼間はとても賑わっているのに、夜はこうも静かで、野良犬さえいない。
まるで何かに、飲み込まれてしまったように――


ふと、考える。
私が出て行った後、どうなるんだろう?

何も変わらないだろう。

ただ、私がこの時代に、あの屯所でみんなに出会う前に戻るだけ。
私が消えてしまえば、この時代に来て、みんなに出会った歴史がなくなるだけ。

じゃあ、元の時代では?
家族は?友達は?

私がいなかったことになって、時代が流れていくだけ――


私はこっちの時代にも、元の時代にも必要ない…?


私が歩かなくても聞こえる止まらない足音。

「ケケケケケケ…ケケケ」

私は何の為にこの時代に来たのだろう。

斉藤さんや近藤さんは、私がここに来たことには意味があると言ってくれたが…

沖田さんにとって私は、役立たずで邪魔な存在だから。

私がこの時代に来たことは間違いだったけど、この気持ちは間違いじゃなかった。

出来ることなら、同じ時代に生まれたかった。


ずっと一緒にいられるように


「ケケケケケケケケケケ」

背後で何かが振りかざされる気配がしたが、私にそれを防ぐ術はない。




    ザクッ




















鮮血が弾き、深く射抜かれた音と共に、それは倒れた。

閉じられていた目を開いて、月明かりで見えたそれは、心臓を一突きされていた。


「こんな夜中に、女の子が何してるのかな?」


聞き慣れた声色とその姿を目にした瞬間、全身から血の気が引いた。
現れたのは、紛れもないあの人だったから。


「…沖田、さん…」

「何してるのかな」


血の付着した刀を片手に私の目の前に立つと、今度は冷たく言い放った。

私は俯くことしか出来ない。


「あれ?何してるのって聞いてるんだけど、黙ってちゃ分からないなぁ」

「…私を、斬るんですか…?逃げたから、殺すんですか…?」

「へぇ、逃げたんだ。なら殺さなくちゃなぁ。悪い子にはお仕置きしなきゃ」


彼にとって“殺し”は“お仕置き”

実に彼らしくて、こんな状況なのに思わず自虐的な笑いを漏らしてしまう。

やっぱり沖田さんは沖田さん。

私はこんなところも含めて、彼に惹かれているんだ。


「…私、沖田さんに殺されるなら、構わないです」


沖田さんの刀に貫かれることによって、彼の一部になれるような気がした。
共に生きていけるような気がした。
ならば殺されてもいい…いや、殺されたいとさえ思ったのだ。

「………………」

暫く私を見つめていた沖田さんは、深いため息をつき刀を鞘に収めると、私の手首を掴んで
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