薄桜鬼

□沖田さんと桜餅
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この時代にきてどのくらい経ったのだろう

美しく咲き誇っていた桜も、履き慣れなかった袴も、あなたに突きつけられた刀の鋭さも全て鮮明に覚えている

私の足は、無意識にあなたを探していた


「沖田さん!」

ちょうど巡察を終えた彼が、浅葱色の羽織を翻して屯所へと入ってきた

早くなる脈拍を感じながら駆け寄ると、いつも通り意地悪な笑顔を向けられる

「どうしたの、明日香ちゃん?僕を待っていてくれたのかな?」

「あ、えっと…!」

「あはは。冗談だよ。君はいちいち面白いなぁ」

「沖田さん…!」

またからかわれたと悔しく思う反面、くすぐったい気持ちに顔が綻んだ

だって愛しい人に何を言われても、全て“特別”になってしまうから

「それはともかく、君って本当ついてるっていうか。探す手間が省けたからいいけど」

そう言って、沖田さんは懐を探ると、ピンクの花びらをあしらった巾着のようなものを私に差し出した


「はい、お土産」


「私にですか!?」

開けてみなよと促され、袋口を縛っている紐を解き、中を覗き込むと、ふわっと甘い香りに包まれた

「わぁ…可愛い!桜餅ですよね?」

「そうだよ。食べたことない?」

「はい。私の時代には似たようなものがあったんですけど、桜餅は初めてです!
沖田さん、ありがとうございます!」

頭を下げた時、ついはしゃいでしまったことに、今更ながらはっとした

子どもだとからかわれると思い、恐る恐る顔をあげると、そこには拍子抜けしてしまうくらい優しい笑顔があった


「折角だからそこで食べようか」


沖田さんは、桜の木の下にある縁台に腰かけると、自分の膝を叩いた


「おいで」


「ま、またからかってるんですか…」

「そう思う?」


私を見つめる彼が見れない

それはきっと、恥ずかしいからなんて単純な理由ではなくて


「沖田さ…」

「ごめん。明日香ちゃんの困った顔が可愛かったからさ」

「…………!」


彼の言葉に他意なんてない。
そんなことはわかっているのに、私はその言葉さえも“特別”に感じてしまう


「ほら。座って食べなよ」

「はい…いただきます」

今度は自分の隣を軽く示し、私も素直にそこへ座る
そして巾着から緑の葉に優しくくるまれた桜餅を二つ取り出し、一つを沖田さんに差し出す

「僕はいいから、好きなだけ食べな」

「ありがとうございます…!」

食べ物を目の前にして、こんなに心が弾んでしまうなんて、私はまだまだ子どもらしい


いや、それだけじゃない。
この桜餅が“特別”だから


特別を口に含むと、更に優しい甘さに包まれた
繊細な餡を優しい餅が包み、それを愛おしく葉がくるむ

それは、幸せに似ていた


「すっごく美味しい!桜餅ってこんなに美味しいんですね!やみつきになりそう…」

「そんなに美味しい?」

はいと頷いた時、沖田さんが笑顔になる


「やっぱり、貰おうかな」


言うなり顔を寄せてきて、私がかじったそこが、同じように彼にかじられた

「沖田さん!食べるならここに…」


「僕はそれが食べたかったんだ」


どう解釈すればいいのか

これは私の時代でいう、所謂間接キスというもので…
いや、キスなんて表するのは、私の独り善がりだろう

悪びれる様子もない、幼さが滲んだ彼の笑顔は直視できない


私の口内には、まだ幸せの味が残っていた



            終

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