薄桜鬼

□藤堂くんと桜並木
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「よ、よう明日香!」

屯所から出て、今だ見慣れない景色を眺めていると、ぎこちない様子の藤堂君に声をかけられた

「藤堂君!どうしたの?」

嬉しくてつい駆け寄ると、彼は照れくさそうに頬を掻いた

「い、いや!しばらく会えなかったから、どうしてんのかなって思ってさ!」


新選組の屯所への出入りは“袴着用”という条件付きで、特別に許可されたが、最近はお世話になっている八木家にずっとこもりきりだった



「そうだね。私、琴とか初めてだったからなかなか覚えられなくて…」

「琴?まだ見合い持ちかけられてんのか!?」

この時代では、年相応の女の子がお見合いをすることは、当たり前らしかったから

「う、うん…」

「駄目だって!!!好きでもねぇ輩と所帯持つとか、明日香はすんなよ!お前は心に決めた奴と…って、何で俺が言ってんだろうな!はは、悪い…」

始めの勢いとは違って、叱られた小犬のようになってしまった藤堂君

「そんなことないよ!ありがとう。八木さんにもこの時代にきてからお世話になってるし、どうしようって思って…」

「………………」


急な沈黙に驚いて顔を上げると同時に、行くぞと手を引っ張られた

「え!?どこに…」

「俺が京を案内してやるよ!」

「で、でも…」

「俺がついてるんだから大丈夫だって!それに…
俺が明日香といてぇし…」

頬を染める藤堂君につられて、私の顔も熱を帯びた


繋がれた手は熱くて、優しくて
この手で刀を握り、人を切っているなんて思えなかった…






日本元来の姿をした家々、簪を揺らし優雅に歩く芸者さん、髷を結い刀を差して歩く浪士たち

目の前に広がっている京の町並みは、自分の知っている日本ではないようで、現実味がなかった
何か時代劇を見ているみたいだ

「すごい!着物の人がいっぱい!」

「当たり前だろ…明日香がいた時代とは違うのか?」

「全然違うよ!人はたくさんいたけど、車とか電柱もあって」

藤堂君は車?電柱?と傾げながら、人の波に流されないように私の手を引いてくれた

こうしていると改めて、江戸時代に来たんだと好奇心が湧くと同時に
私は、いつ帰れるんだろうと不安も抱いてしまう



しばらく町を歩いていると、それは見事な桜の並木道にさしかかった

薄ピンク色の桜の花びらが地面に散って、まるで花畑のようになっている

「綺麗!私、この時代の桜好きになっちゃった!」

「そりゃよかった。何なら、ずっとここにいてもいいんだぜ?」

「もう、冗談言わないで」

と、顔を向けた時、不意に立ち止まった足

「藤堂君…?」

桜から私へと移されたその顔にいつもの笑顔はない
私の全身が大きく脈打った


「なぁ…もし今、元の時代に帰れるってわかったら…明日香、帰っちまうか…?」


その言葉はあまりに唐突だった。

私には“帰る”という選択しか許されないはずなのに
どうして即答できないんだろう?
どうしてこんなに、辛いんだろう?


「何聞いてんだろうな、俺!そんなの決まってるよな…」

藤堂君ははっとして笑顔を作ると、また変わらず手を握ってくれる


「けどさ!見合いだけは絶対すんなよ!
俺が、明日香を娶ってやるから、さ…」

私の唇に大切な言の葉が舞い降りた


私は、いつまでこの手を握っていられるのかな?

この手を握って、どこまで行けるのかな?

私たちが歩く道には、ずっと桜並木が続いていた


            終

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