薄桜鬼

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あの日以来、沖田さんは何かと藤堂君に突っかかるようになった。

それを買ってしまう性格の藤堂君だから、最近の二人の関係は良いものでは無い。

顔を合わせては言い合いだし、稽古は最早喧嘩だし…。

原因は、はっきりしない私だと分かってはいるけど、気持ちをずるずると引き摺っていた。

そんな事が暫く続いたある日の夕餉の場で、事件は起きた。


「明日香、どうした?あんま食べてねぇじゃん。具合悪ぃのか?」


左隣の藤堂君が、お膳をずっと見ているだけの私を心配して聞いてくれた。


「あ、ううん!ごめんね。大丈夫だよ!」

「本当か?」

「うん!ただ…」

「ただ?」


私は、言葉を濁して自分のお膳を見つめた。

同じように見つめた藤堂君の目線の先には、小魚が三匹……。

あぁ…と事情を知った藤堂君は私の頭をよしよしと撫で、皆に聞こえない位小さな声で


「お前、苦手だったんだよな。くくっ…本当餓鬼だな」

「…だ、だって…」

「分かってるよ。ほら、食べてやるから」


そう言って自分のお膳を指した藤堂君にありがとう、と小魚を移動させる。

恥ずかしい事で、これを知っているのは藤堂君だけ。

昔もよく給食で小魚が出ると、先生にバレないようにこっそり残していて…。

好き嫌いは良くないけど、小魚だけは…どうか許して下さい…。


「何だよ平助、明日香ちゃんとこそこそと!恋仲の特権か!」


永倉さんが大声で言い、箸で此方を指した。

藤堂君も負けじと大声で


「新八っつぁんには関係無ぇよーだ!」

「んだと!平助のくせに!」


何時ものようにおかず取り合い合戦勃発。

このまま、最後には土方さんに叱られて終わりだったら何時も通りなのだが、今日は違った。



「本当、平助のくせに。明日香ちゃん、もう相手しなくてもいいんじゃない?」

「え…」


沖田さん的には冗談っぽく言っているようだが、周りは全く冗談に聞こえていない。

特に彼は――


「っだよ、総司。言いてぇ事あるならはっきり言えよ」

「別に。平助に話す事なんて無いけど」


ね?と私の顔を覗いてくる沖田さんに私は目を逸らした。

その直後、

ちゅっと触れた唇。

何時かのお返しとばかりに、藤堂君に見せ付けるように。

皆は、勿論私も状況を理解出来ていないようで、ただ呆然としていた。

そんな空気の中、とどめを刺すような一言。


「どうしたの。二回目なんだし、もう慣れたよね?」


背筋が凍った。

お膳が飛んで、騒がしくなる大広間。

恐る恐る顔を上げて見たのは、見た事もないような形相で自分より数cmも背の高い沖田さんの胸倉を掴む藤堂君だった。


「てめぇ!この野郎…二回目ってどういう事だよ!」

「あれ。聞いてないんだ。明日香ちゃん、言えなかったのかな」


煽るような事を言う沖田さんの心意が分からない。

ただ一つ分かるのは、


「それとも、秘密にしてたのかな」


こうなったのは、私の所為だということ。


「総司、てめぇ…人の女に手ぇ出しやがって」


聞いたこともない唸るような藤堂君の声に、私まで震えてしまう。

そして、藤堂君は沖田さんの胸倉を引っ張って


「表、出やがれ!!!!!」


全員がただならぬ雰囲気を察し、二人を掴んで引き剥がした。

原田さんに羽交い締めにされた藤堂君はばたばたと抵抗している。


「平助。落ち着け」

「離せよ、左之さん!!!もう我慢なんねぇんだよ!!」


猛獣のように、離したら噛み付いてしまいそうな勢いの藤堂君。

怖かったが安心させたくて、暴れる手にそっと触れた。


「藤堂君、大丈夫だよ…!沖田さんも話せば分かるし、私の好きな人は――」

「うるせぇよ!お前は黙ってろ!」


しかし、その手は無情にも振り払われ、胸に大きな石を落とされたような衝撃を受けた。

途端に藤堂君に降ってきた原田さんの拳に、私は思わず目を瞑ってしまった。


「いい加減にしやがれ!好きな女の前でみっとも無ぇと思わねぇか!明日香の気持ちも考えてやれ」


原田さんの叱咤で水を打ったように静まり返る大広間。


「総司、平助。内密に済ませたいのであれば、自室へ行け。そこで彼女の気持ちを待て」


斎藤さんの言葉の意味を理解した二人は、渋々自室へ戻された。

静寂を取り戻した大広間で、私は頭を下げた。


「…すみませんでした」


すると、ぽんっと頭に置かれた大きな優しい手。


「頑張ったな。すげぇ悩んだだろ?」

「原田…さん…」

「水臭ぇよ、明日香ちゃん!おじさんに相談してくれよ!」

「新八はあてにならねぇだろうな」

「何だよ、左之〜」


原田さんと永倉さんの言い合いに笑顔が、優しさに涙が溢れた。

これが本当の嬉し泣き。


「あんたも言いにくかったのだろう。先程の言葉の意味を理解しているなら、どちらかの元へ行くといい」


どちらか――

斎藤さんの言葉の意味は、分かっている。


自分の心に決めた方へ行けという事。


「はい」


私の心はもう決まっているから、後は貴方に伝えるだけ。

頷くと、見守られながら大広間を出た。

迷い無く向かった部屋は

























「明日香ちゃん」


部屋を訪れると、壁に寄りかかっていた沖田さんが嬉しそうに、吃驚したように笑った。


「来てくれたんだ」

「ちゃんと、気持ちを伝えたくて」


軽く深呼吸すると、真っ直ぐ沖田さんを見つめ


「……ごめんなさい」


これが私の、答えです。


「それって、どういう意味?」

「…私は、藤堂君が好きだから…沖田さんの気持ちはとても嬉しいです。でも、やっぱり…私の大切な人は、藤堂君だけなんです…」


だから、


「…沖田さんを藤堂君の代わりには出来ません。私の二番目じゃなくて何時か、誰かの一番になって下さい…」


ごめんなさい、ともう一度頭を下げる。

泣くな、私。
此処では泣くのは狡い。


「知ってたよ」


自重したように笑った沖田さんは、私の両手を取って引き寄せた。


「君の気持ちなんて、初めから知ってたよ」

「じゃあ、どうして……」

「どうしてだろうね。それでも良かったのかもしれない。本当に君が好きだったから」


その思いと一緒に沖田さんに包まれた。

けど、抵抗はしなかった。

沖田さんの気持ちを受け止めたいから。


「平助には悪い事をしたかもしれないけど」


と言う沖田さんの表情は分からないけれど、声が震えているような気がした。

暫く抱き合っていると、体がそっと離れ


「ごめんね」

「沖田さん…」

「行きなよ」


ごめんね、なんて…。
それは、私の台詞なのに。

このままいると涙が流れてしまいそうだったから、私はもう一度頭を深く下げ、部屋を走り出した。

早く、早く、早く。

貴方の元へ――





溢れる思いを
受け止めて




             続

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