薄桜鬼

□藤堂くんに励まされる
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「こいつ女だぞ」


夜も更けた刻。

私は、不穏な気配で目を覚ました。
そして、自分を抑えている数人の男達が月明かりで目に映る。

すぐには理解出来なかった。
いや、理解したくなかった。

だから、ただ必死にもがき叫ぼうと塞がれた口を開いて、恐怖に視界を歪ませた。


「――ッや…い"やぁあぁぁ!やめてぇ!離してぇ!やだぁあ!!!!!」












その隊士共は、即切腹。

当たり前だろ。
これには土方さん達も、勿論俺だって許せねぇ。

だから言ったんだ。


―俺にこいつらの介錯をさせてくれ


どうしたって許せねぇんだよ。
今まで一緒に稽古してきた奴らだろうが、同じ釜の飯を食った仲間だろうが、許さねぇよ。

許せるはずねぇんだよ。

明日香を目の前にして――



「明日香…夕飯持って来たぞ」



あれきり、部屋に閉じ籠もってしまった明日香。

もう暫く顔も見ていないし、飯も食わない。

此処は男所帯だから、余計明日香を苦しませているだけだ。

恋仲の俺でさえ、してやれることがこれくらいだし、あの夜を思うと自分が心底情けない。

俺がついていてやれば、俺がすぐに駆けつけてやったら、俺が守ってやれたら――

明日香は傷付かなかった。


「なぁ、明日香!今日巡査でさ〜…」


それでも俺は、俺がしてやれることをやる。

こうして部屋の前に座って、明日香に語りかけること。

今だ返事が返って来たことはないが、この障子の向こうにいるだけで、聞いていてくれるだけでいいんだ。


「今日、寒くねぇ?風引いてねぇか?」

「腹減ったら、これ食えよ!」

「土方さん、ひでぇよー」


なぁ、明日香。
俺の声、聞こえてるか?





聞こえてるよ。
いつも傍にいてくれる藤堂君の声が。

会いたいよ…。

でも、矛盾するように心に存在する恐怖。

"男の人"に会うのがまだ…

藤堂君は違うんだよ、と自分に言い聞かせる毎日。
消えない恐怖、寂しさに押し潰されそう。

私の体は、確かに温もりを求めていた。

藤堂君…私、どうしたらいいのかな…?

助けを求めるように呟くのは、大好きな彼の名。


「藤堂君……」












不意に中から苦しそうな声で呼ばれた気がした。

微かな声も聞き漏らさなかった俺は、あまりの声に思わず勢い良く部屋に飛び込んでいた。


「明日香!大丈夫か!?」


自分の行動を後悔した。

幾日振りに見た明日香は随分痩せていて、腫れた目で俺のことを怯えたように見上げていた。


「明日香…」

「きゃっ……!」


腰を下ろして手を伸ばすと、体をびくつかせた。

そこで思い知らされる。
明日香の負った傷の深さ。


「……ごめんな」


そんな一言しか出てこない。

守ってやれなくて、傷付けて、ごめん。

行き場をなくした手は拳になり、自分の無力さを握り潰した。


「藤堂君…」


そっと重ねられた震えた小さな手。

顔を上げると、ぎこちなく笑う明日香の顔。


「…ありがとう」


ありがとう、なんて


「俺、何もしてないじゃん…」

「傍に…いてくれて」

「明日香…」


愛しさが込み上げてきて、怖がらせないようにそっと体を引き寄せた。

俺に体を預けようとしていることを確認すると、布団に座る明日香の体を強く抱き締める。

以前よりも細く、小さくなった体は今にも壊れてしまいそうで、少し震えていた。

堰を切ったように明日香は、俺の腕の中で声を上げて泣いた。

安心させるように撫でながら揺りかごのように体を揺らす。


「一人で抱え込ませて…怖い思いさせて、ごめんな」


言葉を紡げない明日香は何度も首を振り、俺の胸に顔を埋める。

――明日香に自分に誓う。

もっと強くなる。
何処にいたってお前を守れるくらい。

強く





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