薄桜鬼

□藤堂くんと子孫の足音
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「明日香、明日香!」


体を揺すられ目を開けると、同時に満開の桜が視界に飛び込んで来た。

眩しい日差しに目を細め、隣に顔を向けると


「いつまで寝てるの!折角のお花見だっていうのに」


私は一瞬、自分の目を疑った。

新選組の屯所でお昼寝をして、そのまま夢を見ているのではないかと思った。


「お母さん…?何でいるの?」


ここにいるはずがない、重箱を持ったお母さんを見上げると、呆れた顔をされた。


「何言ってんの。今日はみんなでお花見に来たんでしょ?それなのに明日香、シート広げた途端寝ちゃって」


眠気の残る頭で考えてみたが、よく思い出せなかった。

でも、周りは確かに私の家から一番近いお花見スポット。

私は、現代に戻って来たのだろうか?
それとも、今までのこと全てが夢だったのだろうか?

新選組の近藤さんや土方さんや沖田さん、斎藤さんや原田さんや永倉さん

そして

藤堂君に出逢ったこと全てが、夢だったのだろうか?


「…お母さん。私、ずっとここに寝てたの?」

「そうよ。朝来て、もうお昼よ。そろそろお父さん達も来るから、準備手伝って頂戴」


せっせと重箱を並べ始めたお母さんを横目に、私はもう一度桜を見上げる。

桜は何も変わらずに咲き誇っていて、私の心はまだ夢の中。

本当に夢、だったのかな?


――明日香!


だって、こんなに鮮明に覚えているのに

あなたの笑顔、優しさ、温もり、数え切れない程交わした口付けや肌を重ねた夜。

こんなに体が、心が覚えているのに、どうしてあなたはいないの…?


「…藤堂、君…」


桜に手を伸ばすと、自分でも分からないうちに、目尻から涙が零れていた。

すると桜の花弁が一片、その涙を拭うように


――泣くなよ、明日香。


とでも言うように、頬を掠めて行った。


「明日香!?どうしたの?」


そんな私に驚いて、お母さんが顔を覗き込んで来た。


「ねぇ、お母さん……どうして桜は綺麗だと思う?」

「どうしたの?急に」

「桜が綺麗なのはね…いつも全力で咲いてるからなんだよ。今を一生懸命輝こうとしているから、散る時はあっという間なの…すぐに散っちゃうなら、私は全力でなくていいと思う。それで少しでも、長く生きていられるなら」


私の目には桜が映っているが、脳裏に焼き付いているのは、いつだって全力で剣を振るう彼の姿。

その姿はまさに、全力を尽くし輝き、潔く散っていく桜のようだった。


「明日香、形あるものはいつかなくなるもの。それが遅いか早いかは、関係ないの。見てる人には悲しいかもしれないけど、早く散っちゃうのもこの木の役目を終えたから。人と同じように、次の世代にバトンタッチされるのよ。………ほら」


お母さんが指さす方には、まだ小さいけれど、しっかりと枝を広げた子孫が。


「本当だ!……………あ」


ごろんとうつ伏せに寝返りをうった瞬間、私は自身の腹部に違和感を感じた。


「どうしたの?」

「ううん!何でもない!」


私は、もう一度仰向けに寝転がると、幸せを感じながら瞳を閉じた。

それは























子孫の足音






















「明日香。こんな所で寝てると風邪ひくぞ」


再び目を開くと満開の桜に、日差しにも負けない程に眩しい笑顔。

彼は、ばっさりと切り落とされた髪を揺らして、私の顔を上から覗いていた。


「藤堂君……?」


また、夢を見ているのだろうか?

ここにいるはずがない、藤堂君はしゃがむと私の目尻の涙を優しく拭った。


「怖い夢でも見たのか?」


怖い夢………。
あれが夢だったのだろうか。

この時代に残ることを決意した今でも、元いた時代の夢をよく見る。

そんな時は決まって涙を流し、目が覚めると必ず彼がいてくれる。


「藤堂君が…いない夢…」


手を握ると、体がふわっと浮き上がり、抱きしめられた。


「大丈夫。俺は、明日香の傍からいなくなったりしねぇから」

「うん……」


寂しさを消すように、その胸に頬を寄せると、感じられなかった温もりが戻って来る。


「私、怖かったの…もし、あの夢から覚めなかったら…藤堂君と会えなくなったら、どうしようって…」


いつかと同じように手を伸ばすと、その手はしっかりと藤堂君の手に包まれた。

あなたは、役目を終えても散らない桜。


「そん時は、俺が起こしてやるよ。明日香達が俺の所に戻って来れるように」


そっと私の腹部に乗せられた手に手を重ね、幸せを感じながら瞳を閉じた。

ざあっと大きく吹いた風が桜の花弁と一緒に、藤堂君の紡いだ言の葉を乗せて飛んで行く。

何処までも何処までも遠く続く、大空へ



             終

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