テニスの王子様♂
□甘党男子
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全国大会は終わったが帰りは明日になり、俺らは束の間の休息を迎えた。ダルいし、ずっと宿で寝てたいとこやったけど、午後は待ち合わせをしとった。
「よう、光」
制服で携帯をいじっとった顔を上げると、相変わらず派手な赤髪にガムを噛み、何故か同じく制服で立つブン太さんがいた。
「なんでブン太さんまで制服なんすか」
「ん?光は制服だと思ってよ」
「だからってなんで制服」
「制服デート、してみたかったんだよな」
あまりに嬉しそうに言うから、一瞬思考が停止してもうた。
「…制服デートくらいしたことあるんやないですか?」
「まぁな。けど光としたかったんだよ。ほら、俺達はなかなか出来ねぇだろぃ?」
「…それもそうっすね」
やっぱりしたことあるんか…というツッコミもわざわざすることやない。
確かに俺らは、付き合っとっても制服デートなんてほいほい出来るもんやない。学校かて神奈川と大阪で離れとるし、何より男同士やし…。ブン太さんがどっちの意味で言ったかは知らんけど。
「んじゃ、行くか!」
いきなり踵を返して歩き出したブン太さんに続いて慌てて立ち上がる。
「どこ行くんすか」
「どこだと思う?」
「知らんすわ」
「じゃ、着いてからのお楽しみだな」
一番楽しそうなブン太さんの横に並んで歩く。ただそれだけやのに、今日は見慣れない制服やからか、無駄に心臓がドキドキ言っとる。なんや、立海の制服似合っとるやん。絶対言ってやらんけど。
「ここ、ここ」
考えながら歩いとった時、突然ブン太さんは一軒の店の前で足を止めた。俺は、指差されたピンクのレースがついた店を怪訝な表情で見上げた。
「ここ…すか」
「そう。ほら、入ろうぜぃ」
「えっ」
そのいかにも場違いな店に、ブン太さんは俺を引っ張って慣れたように入って行った。
中は洋風でオシャレなカフェやった。適当に空いてる窓側の席に向かい合って座ると、早速メニューを開くブン太さん。
「ん〜どれにすっかな♪」
「あの」
「この季節限定のもいいんだけど、こっちのオススメのもいいよな」
「ブン太さん」
「光、好きなもんあるか?」
「善哉」
「あーいいよな、善哉。もう面倒臭ぇから全部頼むか」
なんか都合良いとこだけ聞こえてへんかこの人。
ウエイトレスになにやら手短に注文し満足そうにメニューを片付けるブン太さんを見つめる。
「なんだよぃ」
「なんでもないっすわ。てか、ブン太さんの行きたい所ってカフェっすか」
「そ。ケーキ食いに来た」
女子か…というツッコミもわざわざせん。
「こないな店、よく入れますね」
「そうか?よくジャッカルと来るけどな」
そう言われた瞬間、腹の奥からどろどろとした黒いもんが渦巻いてきよった。
自分でもなんでこないな気持ちになるんかわからん。俺は四天宝寺、ブン太さんは立海。仕方ないことなんやと思っとるのに、まだ割り切れてへんのか、俺は。
「お待たせいたしました」
しばらくして、俺の気持ちを振り切るように運ばれて来たんは、ケーキ以外にアイスやらパフェやら甘いもんばっかり、テーブルに乗り切らん程やった。思わず「アホちゃう…」と呟いても、目の前のブン太さんは至って幸せそうな顔をしとった。
「美味そう♪食おうぜ!」
「これ全部食べる気なんすか」
「当たり前だろぃ!ほら、善哉もあるぜ。今日は俺の奢りだから、遠慮しねぇで食えよ」
「遠慮はしませんけど」
そう言って出された善哉を手にし、一口。…美味い。黙ってスプーンを動かしとると、前から視線を感じた。顔を上げると、やっぱりブン太さんと目が合う。
「なんすか」
「美味いか?」
「…まぁまぁすね」
「相変わらず素直じゃねぇなぁ」
いつもの調子の俺にブン太さんは呆れ顔やったけど
「ま、そこが可愛いんだけどよ」
「……っ」
心臓がぎゅっと押し潰される感覚があった。信じられへん感情やった。ありえへん。まさか
嬉しいなんてーー
「光」
名前を呼ばれて重い頭を上げてもブン太さんの目は見れんくて、下向いとると口元に、白いクリームのケーキが乗ったスプーンが差し出された。
「あーん」
「絶対嫌っすわ」
「遠慮すんなって。季節限定のケーキだぞ」
「いらんっすから」
「ほら、」
「嫌やて!」
大きく拒否してもうた後はっとして見ると、ブン太さんはあからさまに落ち込んだ表情をしとった。
そんな顔せんで欲しい。決してブン太さんが嫌なわけやなくて、周りの目が嫌言うことで……心ん中でいくら弁解しても、言葉にならん。
俺は、去年の全国大会で会った時からブン太さんに惹かれとった。綱渡りもその赤髪も屈託ない笑顔も…ブン太さん全部が俺の目に焼き付いて離れんかった。勢いでメアド聞いてもうたけど、そん時のブン太さんも笑うてて………やっぱり俺は、ブン太さんが好きやった。
「…一回だけっすから」
やっとの思いでそう言って渋々口を開けると、今度は嬉しそうに俺の好きな笑顔でスプーンを口の中に入れた。
「美味いだろぃ?」
「男同士なんて、キモイだけっすわ」
けど
「…美味いわ」
「だろぃ!」と満面の笑みを見ると、なんや負けた気した。やっぱ俺、この人には敵わんのや。
結局、男2人であれだけのスイーツを平らげた。
店の外に出た時にはもう、夕日が西の空に傾いとった。
「…なんや胸焼けするわ」
「そうか?俺はまだいけるぜぃ」
「やっぱりアホや…」
あれだけの糖を食べたにも関わらず、相変わらずガムを噛み始めるブン太さんに軽蔑の眼差しを向けておく。
「光も結構な甘党じゃねぇか。ジャッカルとか赤也より食うぞ」
「善哉だけっすわ」
「そーかよ。ま、また来ようぜぃ!」
夕日を背景にして笑うブン太さんが眩しくて、直視出来んかった。それはきっと、夕日の所為や。
あっという間に待ち合わせの場所まで帰って来ると、今までの空気が嘘みたいにしんみりした。ここで別れたら、もうしばらく会えん。メールでの生活に逆戻り。今思えば、貴重な時間やったんやと思う。
「今日はサンキューな」
「…はい」
「明日、帰るんだろぃ?また暇な時はメールしろよ」
「暇な時なんてないっすわ」
最後までそんなこと言う俺に優しく笑うてくれるブン太さん。本当は、もっと言いたいこともあった。やりたいこともあった。けど、この人を前にすると何一つ伝えられんくなる。
本当は、もっとーー
「…光、んな顔すんなよぃ」
「……っ」
俯いていると突然、ブン太さんの影が動いた思たら、手が頬を撫でてきた。体がびくりとすると、ブン太さんは苦笑して、俺の顔を持ち上げた。
「…なん、すか」
「んな泣きそうな顔されたら、帰したくなくなるだろぃ」
泣いてないわ。言おうとして、気付いたーー俺の視界が滲んどることに。
「ブン太さ…」
名前を呼びきる前に、軽く口が塞がれた。浅く、短いそのキスは、めっちゃ優しくて、甘かった。だから、唇が離れた時
「…もっとしてもええんすよ」
思わずそのキスを可愛気なく求めた。柔らかく笑ってもう一度唇を重ねた後、ブン太さんは「また今度な」と俺の頭を軽く叩いて帰って行った。
その背中を見送りながら、俺の心はまだ物足りなさを感じとった。一番甘いんは、ブン太さんやわ…ほんま、俺も大概甘党やと思う。けど、二回目のキスがほんのりしょっぱかったことは、黙っといてやろう思た。
ー甘党男子ー
fin.