テニスの王子様
□隣に寝る仁王先輩
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「寝床は各々確保せい!」
和室に敷き詰められた布団を前にして、真田先輩が腕組みをしている。
「俺、ここ貰い♪」
「あ!ずるいっすよ、丸井先輩」
そこに、お風呂から帰って来た丸井先輩や切原先輩が飛び込む。
なんだかこういう雰囲気が合宿らしくて、私まで楽しくなってしまう。
テニス部のレギュラーは厳しい、なんてみんなに言われているけれど、実際はとても優しくて、一日中ハードな練習をこなして私以上に疲れているはずなのに、いつでも疲れを見せない。
それどころか、体力を有り余らせているような、そんな先輩達に私は憧れている。
「なぁ、お前はどこに寝るんだよ?」
「え?……えっと、私は…」
切原先輩の言葉に、私はキョロキョロと和室を見渡した。
いつも一緒にいるとしても、男の人の間で寝るのはさすがに気が引ける為、角を探したが既に布団は埋まっているようだ。
「藤井。ここ、ここ」
どうしよう、と立ち尽くしている私に丸井先輩が自分の隣の布団をぽんぽんと叩いた。
「ダメっすよ!俺の隣が空いてるんすから」
「いいえ、切原くん。私の隣も空いているのですよ」
「え……あ、あの」
お互いを押し退けるように前に出て来る切原先輩、柳生先輩に後退りすると、予想通り真田先輩の肩が震えて
「貴様ら…」
「やめないか、みんな。彼女が困っているよ」
真田先輩の緒が切れる前に珍しく幸村先輩が口を挟んだかと思うと
「ほら、俺の隣が空いているんだ。おいで」
「ゆ、幸村先輩…」
キラキラの笑顔で手を差し伸べられてしまった。
頭を抱える真田先輩に呆れる柳先輩、桑原先輩。
私は、じりじりと追い詰めてくる幸村先輩、丸井先輩、柳生先輩、切原先輩から逃げるように、既に角の布団に潜っていた仁王先輩に飛びついた。
「仁王先輩、助けて下さい!」
「ん?なんじゃ」
揺すられて体を起こした仁王先輩は、周りの雰囲気ですぐに状況を理解したようで、今自分が寝ていた布団を空け
「ここに寝んしゃい」
そう言ってくれて、自分はその隣の布団に再び横になる。
「仁王先輩、ずりぃっす」
「切原、まだなにか言いたそうだな」
「うっ……べ、別にないっすよ。あー、もう寝よ」
切原先輩は煮え切らない表情をしていたが、真田先輩のお陰でそれ以上は誰もなにも言わなかった。
そして、明日も早朝練習がある為、早々に部屋の電気が消された。
「…仁王先輩、ありがとうございました」
私は、くるりと壁を背にし仁王先輩の方を向いて小声でお礼を言うと、微笑んだ表情が微かに見えた。
「別に構わんよ。お前さんはたった一人のマネージャーだからな、みな取り合いたいんじゃろ」
「そ、そんなことないですよ…」
その言葉と頭を撫でられ、恥ずかしくて布団で口元を隠した。
1年の私は合宿なんて初めてで、明るい時以外にテニス部の先輩達といることが慣れなくて、妙に緊張してしまう。
特に、月明かりで銀髪が光る仁王先輩がとても綺麗に見えて
「みなさん…からかってるだけ、です…」
「そうかのぅ…俺は、こうしてお前さんを奪い取ったつもりじゃけど」
「え……?」
急に心に衝撃を受けて驚いて顔を上げると、目が合った仁王先輩はにやりと笑っていた。
「に、仁王先輩までからかわないで下さい…!」
それ以上、目を合わせていられなくて背を向けたが、すぐにバサリと布団をかけられて視界が暗く覆われた。
背中には温かな熱があって、仁王先輩に抱きしめられたと気付いた途端、心臓がバクバクと激しく鳴った。
「あ、あの……仁王、先輩…!」
「やっぱり、お前さんは小さいのぅ。俺の腕にすっぽり収まるけぇ」
「そりゃ……仁王先輩が大きいですから…」
なるべく平静を装おうとしても、前まで巻きつけられた逞しい腕が、耳元で聞こえる低く囁くような声がそれを許してはくれない。
ドキドキのし過ぎと布団の中の為、酸欠で息が苦しい。
「…あの、離して下さい…」
「嫌じゃ」
「…ね、寝られないじゃないですか」
「このまま寝たらよかろう」
「だから、それじゃ寝られないんですよ……!」
「どうしてじゃ?」
どうして、って…………。
周りで寝ている先輩達に聞こえないように、辛うじて小声で反論していたが、言葉に詰まってしまった。
どうして、なんて決まっていたけれど、それを言葉にすることに抵抗があった。
「どうして俺に抱きしめられとると、寝られんのじゃろ?」
知っているくせに、仁王先輩は私を伺って聞いてくる。
その妖艶な声色で、ぞくりと背中から鳥肌が立った。
胸が苦しくて、恥ずかしくて、私は肩で息をしながら敗北感を感じ
「……仁王先輩に抱きしめられると…ドキドキ、しちゃうんです……」
やっとのこと絞り出すように呟くと、よく出来ました、と褒めるように頭を撫でられる。
手でこちらを向くように促され、俯いたまま反転すると、頭を胸に押し付けて、今度は前から抱きしめられた。
「俺も同じじゃ。お前さんを抱きしめて、俺もこんなにドキドキしちょる」
驚いて耳を澄ますと確かに、ドクンドクンと規則的な、でも私と同じくらい駆け足な鼓動が聞こえた。
それを嬉しく思ってくすっと微笑むと、なに笑っとるんじゃ、と軽く小突かれる。
この鼓動を聞いていたら、きっと心地良くてすぐに寝入ってしまいそう。
「…藤井」
名前を呼ばれて顔を上げると、布団の隙間から入ってきた光りで仁王先輩の銀髪が近付くのがわかった。
だから、私もそっと瞳を閉じる。
抱き合ったままの体から伝わる、私と同じドキドキ。
きっとこの気持ちも同じだと信じてーー
fin.