テニスの王子様

□仁王くんと雨宿りの停留所
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朝は晴れていたのに、バス停でバスを待っているうちに、雨が降り始まってしまった。


「止むかなぁ…」


バス停に座りながら空を見上げると、相変わらず雨はしとしとと降り続いている。

もともと好きじゃない上、この雨でバスも遅れると思うと、ますます気落ちしてしまう。


「あれ?美香先輩じゃないっすか!」


視線を足元に落とした時、聞き慣れた声で名前を呼ばれて顔を上げると、傘をさした赤也くんが笑顔で立っていた。


「切原くん、今帰りなの?」

「そうなんすよ。雨で中止っす」


うんざりした顔で傘を閉じると、私の隣に腰を降ろす。

切原くんとはたまに同じバスに乗る為顔見知りだったし、なによりよくテニス部の応援に行っているうちに親しくなった。

よくテニス部の応援に行く理由は、決まっていたのだが。


「に、仁王くんはもう、帰っちゃったの…?」


なるべく目を合わせないようにバス停の外を覗いてその姿を探してみるが、雨の所為もあり通行人はいない。


「あー…帰ったんじゃないっすか。あの人、いつ帰ってんのかもわかんねぇけど」

「そ、そっか…」


自分でもわかる程、明らかにがっかりしている。

もちろんそれに切原くんも気付いたのか、眉間に皺を寄せてムッとした。


「つーか、俺といるんすから仁王先輩の話やめてくんないっすか」

「…そう、だね」


とは言ったものの、心のどこかにはテニスをする姿、授業を受ける姿、あの銀髪がしっかりと焼き付いて離れない。


「美香先輩、髪少し濡れてますよ」

「え…そ、そうかな…」

「手もすげぇ冷たいし」


そう言って、私の前髪や膝の上の手の甲に温かい手を乗せられる。
心なしか詰められた距離に違和感を感じて後退りしてしまう。それでも切原くんは、なにかと私に触れようとする手をやめない。

その初めて感じるゾクリとする手つきを怖いと思った。


「…美香先輩」

「いや……き、切原くん…やめて」

「どうして…俺のこと、嫌いなんすか?」


少し震えた声での問いかけに、答えることが出来ずにいると


「俺は、こんなに……好きなのに」


雨にかき消されてしまうんじゃないかと思う程、切原くんの声は小さくて弱々しかった。

少なくとも、私の知っている勝気で自信家な切原くんではなかった。


「切原、くん……?」

「好きなんすよ。美香先輩のことが」


今度ははっきりと目を見つめられて言われ、私は戸惑いでただ目を泳がせていた。

今まで一緒に過ごした短い時間の中で、彼はそんな素振りを見せただろうか。いや、素振りを見せたとしても全て冗談に受け取っていたのは、私だ。


「…ごめんね。切原くん」


いつも元気をくれた切原くんが好きだ。

でも、その切原くんの気持ちに答えることは出来ないことをはっきりとわかっていた。

私の好きな人はーー


「私…仁王くんが好き、なの…」


片思いでも、この気持ちを伝えられなくても、ただテニスを見ていられたら、ただのクラスメイトでいられたらそれでいい。


「切原くんの気持ちは、嬉しいよ。けど、仁王くんに伝えられない分、この気持ちは大事にしたいの……ごめんね」


ありがとう、と顔を上げると、切原くんは怒るでも悲しいでもない………驚いた表情をしていた。


「切原く「あれ?美香先輩じゃないっすか!」


そんな切原くんに私も驚いて声をかけた時ーー今、するはずがない声がして、私は勢い良く振り返った。
するとそこには、思った通り切原くんが立っていて


「え、え?…ええ!?どうして切原くん!?切原くんはここに…」


2人の切原くんの間でおろおろと視線をさまよわせていると、つい今来た切原くんはため息をついた。


「そっち、仁王先輩っすよ。また俺になって、なにしてんすか。いい加減にして下さいよ。本当に、もう!」

「こ、こっちが……!」


私は、半信半疑で隣に座る切原くんを恐る恐る見つめた。
すると、その姿がだんだん霞んで、あの心に焼き付いていた銀髪が


「プリッ…」


何度も聞いたセリフを耳にした途端、私は思いきりその場から立ち上がって、現れた仁王くんから離れた。

一気に熱が体を駆け巡る。

今まで一緒にいた切原くんが仁王くんだとしたら、私は取り返しのつかないことをしてしまった。
もう自分がなにを言ったのか思い出せないくらいの恥ずかしさで、折角傍にいる仁王くんが見れない。


「美香先輩、どうしたんすか?顔、超赤いっすよ。あ、もしかして俺に会えたからとか!」


いつもの切原くんの冗談に言い返す余裕すらなく、ただ心臓をバクバクさせて俯いていると


「違うのぅ…赤也。美香は俺に会えたから赤くなっとるんじゃ。…な?」

「……っ…」


もう全て知っているはずなのに、そう言って顔を覗いてくる仁王くんはかなりずるい。

それにもなにも返せない姿に、仁王くんは満足そうに微笑むと、俯く私の頭を優しく撫でた。

しばらくして聞こえた傘を開く音にハッとして振り返ると、既に仁王くんは雨の中を歩いていて、バスが遠くに見えていた。

ーー好き。

私の心には、その気持ちだけがいつまでも停まっていた。



fin.

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