テニスの王子様

□一氏くんは伏兵
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「テニス部で一番格好ええのって誰やと思う?」


面倒い掃除の時間、外にごみ捨てに行く途中で女子のそんな会話が聞こえて来て、思わず物陰に身を隠した。

『テニス部』『格好ええ』の黄金ワードが出て来たら、俺やなくても謙也、白石、小石川だって反応するやろ。

だからこれは盗み聞きやない。


「やっぱり白石くんやろ!」


ま、王道やろ。


「うんうん」

「私も白石くんやな!」

「頭いいし、テニス上手いし、優しいし、格好良いし!」


その場の女子のほとんどが同意。
今の4点セットに残念ながら俺は何一つ当てはまらん。第一、んな聖書みたいに完璧な男なんて白石くらいやろ!


「えー。でも白石ね、この間私に「そこにボールあんで、気を付けや!」って言った瞬間自分が転んでたんだよ?おっちょこちょいでしょ」


この声は、マネージャーの藤井や。
その言葉に女子が意外やな!と騒ぎ出す。

あー、あん時の白石は最高に格好悪かったな。
俺も思い出して、声を抑えて笑った。


「じゃあ、財前くんは?」

「うちも財前くん!可愛ええやんな」


財前も無駄に見てくれだけはええからな。


「財前はね………あ!昨日すっごい毛虫を怖がってたかな」


そうや。昨日、財前が打っとったボールに毛虫がくっついとって、その後も物凄いそのボールから避けとったな。
あんな財前、もう見られんかもしれん。


「まぁ…白石くんも財前くんも格好良いけど、私は忍足くんやなぁ。おもろいし」


これには以外や。
謙也は、俺が言えんけどがさつやし、モテる奴やない思ってたんに……しかも、おもろい言うたら俺と小春かて負けへんわ!

ゴミ袋を持つ手に力を込めた時、突然藤井が声を上げて笑い出した。


「でも聞いて聞いて!この前、忍足が自信満々で披露したネタがね、すっごくつまらなくて!」


容赦ない藤井に、俺は少し怖くなった。


「じゃあ、美香は誰が一番格好ええと思うん?」


一人の女子の言葉に、俺も再びしっかりと耳をそばだてる。

これは立ち聞きやない。
そこで話しとるんが悪いんや。


「えー、マネージャーやってるとそういうの思わないな」


ガクッと肩を落とす。
間違っても俺やないことはわかっとったけど、意識すらされんくなった俺らって……


「強いて言うなら、誰や?」

「強いて……」


他の女子も俺も見守る中、藤井は低く唸りながら考え込む。

そんな悩むことかい!

本当に藤井は、究極の決断でもするかのように考え込んで、しばらくして


「もし、この地球上からテニス部の男子しかいなくなっちゃったとしたら」


それを前提に置かな選べんのかい……。


「一氏かな」


ずずっとバンダナがずり落ちてきた。
なんや、今『一氏』とか聞こえたんやけど、なにかの間違いか?一氏て、俺しかおらんで?

でも、俺以上に信じられんのは周りの女子で「ええ!?なんで一氏くんなん?」「めっちゃ無愛想やん」「なんか怖いやん。目つき悪いし」と失敬な言葉が飛び交った。

……なんか、へこむわ。小春に慰めてもらおう。

でも、その前に藤井は


「確かに一氏は目つき悪いし、乱暴だけど…優しいんだよね。白石みたいじゃなくて、一氏らしい優しさって言うか……私がボールかごを運んでる時に階段の下に何個か落としちゃったことがあったんだけど、そのボールを拾ってたら、いつ間にかかごが運ばれてたの。後で誰かに聞いたら一氏だってわかって」


そんなこともあったな。
重そうにボール持っとるなって見とったけど「俺が持ったる」が言えんくて、そのうち階段下にボール取り行ったから俺が持ってったんや。
その後、お礼言われたけどなんか恥ずくてずっと「ちゃうわ」言っとった。


「俺じゃない、って言われたけど、一氏が優しいこと知ってるから、一氏だと思う」


にっこり笑う藤井が頭に思い浮かぶ。
途端に物凄く恥ずかしくなって、俺はゴミ袋を置きに来たのも忘れ、その場から立ち去った。

立ち聞きなんてするんやなかったわ…。

後悔と動悸だけが俺の胸に残っとった。



fin.

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