テニスの王子様

□受験生の私と大嫌いな財前くん
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親と喧嘩をした。それは、いつも通りの夕飯時のほんの些細な会話だった。中3なら当たり前の高校進学について、私と親の意見が食い違ってしまったのだ。行きたい高校を反対され、私も反抗して大喧嘩になり、堪らず家を飛び出して来た。

外灯がついている公園のベンチに座って、白いため息を吐いた。勢いでそのまま出て来てしまったから部屋着だし、この季節に防寒具はないし最悪だ。

手は赤く冷たくなり、痛い。
こんな思いをしている自分が余計惨めで、なんだか悔しくて、涙が出た。


「なん、でよ……っ」


なんで泣いてんのよ。情けない。

必死に袖で目を擦っても、涙は止まるどころかどんどん溢れてくる。それが余計悔しくて、力任せに目を擦った。


「そんな擦っとったら、目腫れてまいますよ」


突然、声をかけられギョッとして振り向くと、そこにいたのは一番会いたくなかった人で、私は顔を見られないように素早く背中を向けた。


「…話しかけないでくれる?」


この人ーー財前にだけはこんな姿、絶対に見られたくない。家が近くて、小学校も一緒だった1つ年下の財前とは、とにかく生意気で喧嘩ばかりしていた記憶しかない。それは、中学生になりたまにしか会わなくなった今でも変わってはいない。


「なによ…」


なぜか財前が少し離れてベンチに座った。
明らかに嫌な顔をして見せたのだが、財前はそんな私の方を見もせず、手に持っていた缶を開けて一口。


「ちょっと…なにしに来たのよ」

「おしるこ買いに来ただけっすわ」

「だったら早く帰ればいいじゃない。なんでここにいるのよ」

「どこいようと俺の勝手やろ」


やっぱり財前は生意気だ。大嫌いだ。


「私があんたといたくないのよ…!」


私は、今までのイライラを吐き出すように叫んでいた。当たるのは良くないと思ってはいるが、財前を前にするといつも余計にイライラしてしまう。そんな私の気も知らず、いつも財前は余裕な顔で


「泣いてる顔、見られとうないからですか」

「…泣いてないし。財前のこと見てるとイライラするから一緒にいたくないの」

「見なきゃええやないですか。俺はここ座っとるだけなんで」

「だからそこにいないで欲しいの」


ああ、もう…やっぱりこの人といると調子狂う。本当に大嫌い。ガシガシと頭を掻き毟る思いで立ち上がろうとした時


「俺が一緒におりたい奴といてなにが悪いねん」


今までとは違う感情が込められた言い方に、思わず財前を凝視してしまっていると目が合った。


「行きたいなら行けばええやないですか。部長と同じ高校」

「……っ!」


心臓がドキリとしたのは、恐らく初めて合ったであろう視線の所為なんかではない。

どうして財前が親との喧嘩の原因でもあるそのことを知っているのだろう。

白石と同じ高校に行くことは、ずっと前から決めていたことだったのだが、白石が行くのは私にとったら合格ラインギリギリの高校で、親には思っていた通り反対されたのだ。


「行きたいんでしょ」

「あ、あんたになにがわかるのよ…」

「俺は、部長と同じ高校に行きたい気持ちなんてさっぱりですわ」


なら、放って置いてよ。

その言葉は、財前の「でも、」と繋げた言葉に遮られた。


「藤井先輩と同じ高校には行きたい思っとるんで」


口が「え」の形のまま固まってしまった。冷える頭の中で何度も言われた言葉を理解しようとするが、処理し終わる前に財前に続けられる。


「だから、部長と同じ高校行って下さい」

「なん、で…?」


まだ混乱する頭のまま、辛うじてそう聞くと


 ・・・・
「張り合いないやないですか」


口の端だけを上げて意地悪く笑われると、もうなにも聞けなかった。
財前とまともに話したのは初めてではないだろうか。それに、ほんの僅かでも笑顔を見たのは初めてではないだろうか。その微笑みを見てーーああ…財前ってこんなに綺麗な顔してたんだなって初めて気付いた。


「それじゃ、俺もう帰るんで」


しばらくぼうっとしていると、不意に立ち上がった財前は、自分の首からマフラーを取ると、そのまま私の首にぐるぐると巻いてきた。
それは、思いの外温かくて、微かに財前の香りがした。


「財前……」

「風邪引かんといて下さいよ、受験生」


私の手に、まだほのかに温かい飲みかけのおしるこの缶を持たせると、財前は振り返ることなく公園を出て行ってしまった。

やっぱり財前は、生意気だ。こんなに熱を残したまま帰るなんて、ずるい。

だから私は、彼が嫌いなんだーー

気付いた時には頬を伝っていた涙も乾いていて、私は温かいマフラーを巻いたままおしるこを一口。

自然と口元が緩んだ。


「…本当、大嫌い」










「財前!」


探していた後ろ姿に駆け寄ると、足を止めて振り返ってきた。その目の前に『合格通知』と書かれた紙を突き出して見せる。


「どう?合格したわよ」


いつも通り可愛くない言い方をすると、財前もいつも通り何ら変わらない無表情のまま


「当たり前っすわ」


その言い方にイラッときたが、今日は喧嘩をしに来たのではない。
あの日のことを思い出すと、この合格は財前のお陰と言っても過言ではないから。もちろん、言わなければいけない言葉は1つ。


「あの……えっと、もちろん私も必死に勉強した訳だけど、まぁ…なんて言うか……応援してくれた財前のお陰も少しはある、と思う訳で……」


私もつくづく強情だ。『ありがとう』の5文字がなかなか言えずにいると、財前は盛大なため息をついた。


「勘違いせんといて下さい。別に励ましたつもりやないんで」

「は…!?あんたね…」


あー。なんか、真面目にお礼を言おうとした私が馬鹿みたいじゃない。

キッと財前を睨みつけて、いつも通りの喧嘩に発展するかと思いきや急に手首を引っ張られ

一瞬だけ柔らかな財前の唇が触れた。


「宣戦布告なんで、覚悟しとって下さい」


私はやっぱり、財前が大嫌いだ。



fin.

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