テニスの王子様
□通学路ですれ違う
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「白石聞いてや!またすれ違うたんやで!」
俺は教室に入って真っ先にこの喜びを白石に伝えた。
「よかったやん」
「聞けや!今日はそれだけやないねん。話せたんや!しかも明日チョコくれる言うてくれたんやで!もう、幸せや、絶頂や!」
ガッツポーズを突き上げると、机に座った白石は頬杖をついて俺を見上げとった。
そう、今朝は最高に絶頂なことがあった。
ずっと毎朝通学路ですれ違っとったあの子とやっと話せたんや。今までどう話しかけようか思っとったけど、今日たまたま振り返った時、向こうも振り返っていて
「あかん!めっちゃ可愛ええわ」
そん時のことを思い出すと今だに心臓バクバクしよる。初めて話して、初めて目も合うたけど、俺が想像してた以上に可愛えくて、チョコ忘れたとかそんなとこも可愛ええ。焦った顔とかちょっと泣きそうな顔とかめっちゃ可愛えかった。
「そんで、名前は聞けたん?」
「ああ!名前はな、」
名前。あの子の名前は…………
「………………」
「………………」
「あかん。聞き忘れてもうた!」
「アホか」
ああああああ、アホや!大アホや!
名前聞くんが一番肝心やないか!
そいや、向こうも俺んこと「金髪さん」言うてたな。アホや、俺。
「絶対明日聞くわ!」
「おん。頑張りや」
「そんでメアド聞いて、遊び行きたいわ」
ああ、あかん。やりたいことめっちゃあり過ぎて何からしたらええんかわからん!
そんな俺を白石はただずっと見つめとった。
部活も終わり、俺は白石とくだらん話をしながら帰り道を歩く。いつも通りなんやけど、今日は妙に白石の歩く速度が………
「おい白石。もっと早歩けや」
「俺はいつも通りやで」
「どこがや!明らかにちゃうやろ」
「ま、今日はのんびり行こうや。謙也」
「絶対嫌や!」
そう言って、いつまでも小股で歩いている白石を置いて行こうと駆け出した瞬間
「くーちゃん!」
向こうから来た人が大きく手を振った。「くーちゃん」言うことは、白石の妹や。
なんでこんな時間に帰っとんのやろ、と薄暗い中目を凝らすと見慣れた白石の妹ともう1人、めっちゃ可愛ええ……
「金髪さん……!」
「あ!チョ、チョチョチョチョコの……!」
噛み過ぎやろ、俺!こんなだから財前にダサイ言われんねん!
そんな俺を見て、まさしく今朝会ったその子は微笑んだ。絶対、ダサイ思われたわ。恥ずっ格好悪っ!
「そんじゃ、俺は友香里と帰っとるから。その子送ったれや」
「は!?お、おい待てや!」
「ほな私も」
「ゆ、友香里ちゃん!」
急に白石は、さっきのが嘘みたいにあっちゅー間に妹と闇夜に消えた。…これはあれや。ハメられたっちゅー話や。電灯の下に取り残された俺ら。ひたすら無言が気まずくて、なんか言わな、と顔を上げると
「あ、あの……私、1人で帰れるんで大丈夫です」
先に言われてもうた。
「いや、送ったるわ!1人は危ないやろ」
「でも、金髪さん…逆方向ですよ」
「俺はスピードスターやから、あっちゅー間に帰れんねん」
どうや、と胸を張ると、ふふっと笑われた。その笑顔が電灯の所為でよく見えて、また心臓がバクバク言うた。俺は、ガシガシと頭を撫でてやって、恥ずかしさを誤魔化した。
「自分、可愛ええんやから自覚せぇよ」
「……っ」
せやのに、その子の反応がわかりやす過ぎて、逆に俺が照れてもうた。
「白石の妹と友達やってんな?ちゅーことは、1年やったんか」
「はい。金髪さんも友香里ちゃんのお兄さんとお友達だったなんて」
「まぁな。腐れ縁や」
お互いを伺うようにぽつりぽつりと言葉を交わす。俺は、返される言葉を聞き漏らさないようにすんのに必死やった。
「………………」
「………………」
あかん。沈黙なってもうた。なにかオモロイこと言わな。こんな時に限ってなにも思いつかん。俺だけ、アホみたいにソワソワしとるのがわかる。
そ、そうや!思い切って名前聞かな。
「名前て……!」
「名前は……!」
顔を上げた途端、2人の声が重なった。お互い、しまった!みたいな顔して目をそらせた。
「す、すみません……どうぞ」
「や、自分からええよ…」
お互いかぶって、譲り合って……そんなんしてたら、なんかだんだん可笑しなってきて、同時に吹き出しとった。
「なにやってんねやろな」
「本当ですね」
こんな穏やかな笑いは、初めてやった。
「私、藤井美香って言います」
「藤井か。俺は、忍足謙也や。よろしゅうな」
藤井は「はい、忍足さん」ととびっきし可愛ええ笑顔を向けてくれた。
やっと聞けた。ーー藤井美香
心ん中でゆっくりと繰り返した。これからは、たくさん呼んだろ。そんで、もう「金髪さん」なんて呼ばせへん。
通学路かて、すれ違うのは今日でしまいや。
明日は、チョコも藤井も待てへんし、迎えに行ったるわ。
fin.