テニスの王子様

□謙也さんと
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2月14日。
今日は1年に一度の、大切な思いを告げるチャンスの日だ。大勢の女の子達は1ヶ月も前から計画を立てて、手作りのチョコを準備していた。もちろんかくいう私も手作りのチョコと一緒に思いを伝える為、朝の通学路を歩いていた。

どうしよう…緊張してきちゃった…。

いつもの通学路のはずなのに、やけに長く感じられた。

私がチョコを渡したいのは、この通学路で毎朝すれ違う金髪の人だった。話したことも名前も知らないけれど、制服は多分、四天宝寺中だと思う。毎朝、ただすれ違うだけだったけど、いつからか今朝も会えるかな、とその人のことを考えるようになっていた。


「と、とりあえず落ち着かなきゃ…」


独り言を言って、その場で大きく深呼吸をした。
そう言えば、すごく今更だがいきなり話したこともない人がチョコを渡しても、大丈夫だろうか。もしかしたら気持ち悪がられて、もうこの通学路を通らなくなるかもしれない。そしたら、もう会えない。
いきなり、足が竦んでしまった。もう会えなくなってしまうくらいなら、チョコは渡さない方が、この気持ちは伝えない方がいいのではないか。


「あ………」


そんなことを考えているうちに、前からいつも通り金髪さんが歩いて来た。たった一つだけの本命チョコが入った鞄をぎゅっと握った。どうしよう…今決心が揺らいでしまったのに。もう、頭が真っ白でどうすればいいのかも思いつかず、とぼとぼ歩くまま金髪さんとすれ違う。

ああ……失敗だ。

すれ違った瞬間、ぴたりと足が動かなくなった。途端に悔し涙も押し寄せて、私を後悔させた。


「…私の、意気地なし…」


決めた。この通学路を通るのは、今日で最後にしよう。きっとこの先、意気地なしの私は辛いだけだ。もしも、あの人に彼女がいて、毎朝この道を2人で歩くようになったら……私は、そんな2人とはすれ違うことなど出来ないし、この気持ちは伝えるべきではなかったんだ。

これで最後ーーそう思って、初めて私は振り返ってみると


「………え」


金髪さんも振り返っていた。
まさか目が合うなんて思わなくて動揺していると、向こうもそわそわしていた。どうしよう…目が離せない。


「な、なんで今日に限って振り返んねん!」

「え…?す、すみません」


金髪をがしがしとかいて、なぜか怒っているから反射的に謝ると「ちゃうねん!ちゃうねん!」とさらに焦る金髪さん。なんだかその姿が可愛らしくて、私は笑ってしまった。


「なんや、寝癖でもついとったか!?」

「いえ、そうじゃなくて……」


必死に金髪を整える姿は、私が勝手に抱いていた金髪さんのイメージをことごとく壊していき、印象を与えた。もっと知りたい、色んな表情が見たい。


「今まですれ違ってて、どんな人なのかなって思っていたので…お話できて嬉しいです」


さっきまでの心のモヤモヤが嘘のように晴れていた。


「お、俺も…自分のこと気になっとった」


驚愕の事実を告げられ、最高潮に心臓がドキドキしていた。私は、チョコを渡すなら今だと鞄の中を探った。が、こちらにも驚愕の事実が待っていた。


「あ、あれ……ない」


確かに今朝、冷蔵庫から出したのに…出したまでの記憶はあるのに………そこではっとした。鞄に入れた覚えがないことに。人生最大の失敗だった。


「どないしたん?」

「チョコ、忘れてきちゃった……金髪さんにあげようと思って作ったのに…」

「金髪さんて………俺か?」


こくりと頷く。ああ、もう、私は何をしているんだろう。これでは、チョコ所か気持ちも伝えられない。自分の間抜けさをこれでもかってくらい恨んだ。


「そんな落ち込むなや。金髪さんは、明日までチョコ受け付けとるで」

「え、明日…?」


顔を上げると、金髪さんはさっと目を逸らせた。その顔が心なしか少し赤い。


「せやから…明日もすれ違うんやから、そん時渡せばええっちゅー話や」


金髪さんにつられて、私の顔もだんだん赤くなっていく。


「そう、ですね…明日渡します」


そうしてお互い赤い顔ではにかんで「また明日」と歩き出した。私は、もう振り返ることなく、走り出した。

明日もこの通学路であなたに会えるから。



fin.

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