テニスの王子様

□遠山くんのおまけたこ焼き
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「めっちゃ腹減ったわ!たこ焼き山程食うたるでぇ」


金太郎くんの部活が終わった午後、2人で商店街にやってきた。
私が四天宝寺を卒業して、2年振りに会った金太郎くんは、かなり変わっていた。天真爛漫さに真っ赤な赤髪、豹柄のランニングは相変わらずなのだが、身長は私を追い越し、体格も筋肉質でがっしりと男らしくなっていたのだ。


「美香、早う早う!」

「き、金太郎くん、ちょっと……きゃっ……!」


思いの外強い力で腕を引っ張られ、つまづいてしまった。倒れる!と思って目を瞑ったが、体は金太郎くんのたくましくなった腕にしっかりと支えられていた。


「っと!危なかった……すまんな。ワイが引っ張ってもうたから」

「う、ううん。私がつまづいただけだから大丈夫だよ」


ありがとう、と笑ったが、お腹に回った腕がなかなか離れなくて、金太郎くんを見上げた。


「金太郎くん?もう大丈夫だよ」

「あ、ああ…せやな」


そう言って離れた後も、金太郎くんは納得いかないような表情をして


「なんか………美香、可愛ええな」

「え!?な、なんで?」

「ワイより小さい」

「そりゃ……金太郎くんが大きくなったからね」


そう言うと、金太郎くんの目が光り輝いた。


「ワイ、大きなった?」

「うん!」

「格好良うなった?」

「う、うん…!」


頷いただけで、金太郎くんはよっしゃー!と飛び跳ねて喜んだ。
金太郎くんを格好良いと言うのは、慣れなくてとても恥ずかしかった。そう思うと逆に意識してしまって、金太郎くんを直視出来ない。


「あら、金ちゃんやないの!」

「金ちゃんおかえり〜」

「寄ってきなはれ、金ちゃん!」


商店街では、驚く程声がかけられた。それだけで、どれだけ金太郎くんがこの商店街に足を運び、みんなに好かれているかがわかった。
声をかけられる度に笑顔で返している金太郎くん。そんな人望が厚い金太郎くんが私にとってとても誇らしい存在だった。


「ここや!ここのたこ焼き、めっちゃ美味いんやで!おばちゃんオマケしてくれるし」


立ち止まった屋台のようなお店を前にして、金太郎くんは昔のようにピョンピョン跳ねて喜んでいた。


「あ〜ら、金ちゃん!もう部活終わったん?」

「おん!腹ペコペコや〜たこ焼き2つ!」

「はいはい。今日もオマケしたるからな。………ん?」


ずっと金太郎くんを見ていた屋台のおばさんが、隣にいる制服の私に気付いてしばらく凝視していると


「なんやなんや〜金ちゃんもやるやないの。こないべっぴんさん連れて」


肘で金太郎くんを小突いて、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「い、いや……私は、あの……」

「せやろ!めっちゃ可愛ええねん」


焦っていた私は、さらりと言った金太郎くんの言葉でさらに戸惑った。金太郎くんを見上げても、相変わらずニカッと笑うばかり。


「若いもんはええな〜。よっしゃ、今日はたこ焼き1つサービスしたる!」

「ほんまか!わぁーい、おばちゃん最高や!やったな美香」

「う、うん…」


飛びつく金太郎くんと私をおばさんは、ずっと満足そうに見ていた。




「美味しい!」


近くのベンチで並んで座ってたこ焼きを食べる。そのたこ焼きは、外はかりっと中はとろりとしていて、タコも生地に馴染んでいて、一口食べただけで思わず感嘆の声を上げていた。


「美味いやろ?」


金太郎くんも満足そうに、頷く私を見て笑った。


「これを美香に食べさせたかったんや」

「ありがとう。とっても嬉しいよ。今度は、みんなと来ようね」

「え……」


え?

いつもみたいに「せやな!」と言われると思っていたから、私も驚いて金太郎くんを見上げると、しゅんと尻尾を下げた犬のような目をしていた。


「ど、どうしたの…?」

「また美香と来たい」

「うん…来よう?みんなで…」

「みんなでちゃう。ワイは、美香と2人だけで来たいねん」


昔は駄々をこねたように聞こえた言い方が、今はただ熱を含んでいて、恥ずかしくて堪らなくなった。


「昔は、みんなで来るんが楽しかった。けど今は…美香を取られたないねん」


真っ直ぐな言葉が視線が、私の胸を焦がす。すっかり大人っぽい表情をするようになった彼から、目が離せなかった。


「私も金太郎くんと、来たい…」


見つめ合ったまま言うと、金太郎くんがいつものようにニカッと笑ってくれた。
私も笑い返すと、金太郎くんは楊枝で刺したたこ焼きを一つ持ち上げると、ふーふーと息を吹きかけて私に差し出してきた。


「あーんや」

「えっ……い、いいよ。自分で食べられるし」

「嫌やー!ワイが食べさせたいねん」


なにより、今の金太郎くんにされるのはかなり恥ずかしい。でも、一度やると決めたことを金太郎くんが諦めるはずもなく


「ほら、観念せぇ」


ずいっと口元に寄せられ、私は諦めてのろのろと口を開けてたこ焼きを頬張った。金太郎くんが冷ましてくれていたから、それ程熱くはなかった。美味しいはずだけど、さっき食べたたこ焼きと違い、ドキドキし過ぎて味所ではなかった。


「美味い?美味い?」

「もう……緊張してよくわかんな」


たこ焼きを噛みしめながら、金太郎くんの方を向いた時、唇に一瞬だけ柔らかい感触があった。
なにが起きたのかわからないまま金太郎くんを見つめると、いつもより少し赤い頬をして笑った。


「オマケ付きや」


きっと私の頬は、彼よりも赤いことだろう。
心臓も持たなくなりそうだから、もう食べさせて貰うのは遠慮したかったが、それからも金太郎くんは、執拗にたこ焼きを私に食べさせたがった。
もちろん、そんな金太郎くんを拒否出来る私ではなく、その後はほとんど金太郎くんに食べさせて貰ってしまったのだった。

もちろん、オマケ付きで。



fin.

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