テニスの王子様
□照れた顔が見たい切原くん
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キーンコーンカーンコーン
終業のベルも鳴り終わらないうちに飛び上がるように席を立って、部活でも見せたことがないくらいのスピードで教室を走り出た。
無駄に多い人混みをかき分けて廊下を走り、階段なんてひとっ飛び。
お目当ての階まで来ると、あとは廊下を一直線。
すると、丁度教室から丸井先輩と話しながら出て来る姿を発見し、更に俺は勢いをつけてその後ろ姿に飛びついた。
「美香先〜輩!」
「きゃあっ!あ、赤也くん?」
ちょっと勢いつけ過ぎてよろけた体も、俺がしっかりと支えた。
「おいおい……いくらなんでも早過ぎだろぃ。お前、授業出たんだろうな?」
「人聞き悪いこと言わないでくれます?俺、授業はちゃんと出てるんで」
「英語サボってる奴がよく言うぜぃ…」
ため息をつく丸井先輩に見せつけるように、俺は腕の中の美香先輩を強く抱きしめる。
「へっ、俺は美香先輩に早く会いたかったんすよ」
1年の時からずっと好きだったマネージャーの先輩に告ってきて、やっと付き合えたんだ。
嬉し過ぎて、毎日が楽しい。
正直授業なんてダルいけど、美香先輩が「サボっちゃだめよ」って言うから、もうサボりはしないと決めた。
後ろから美香先輩を見ると、顔を隠すように俯いている。
やべ、顔が緩む。
「な〜に照れてるんすか」
「あ、赤也くん……みんな見てるから、離して…」
「えー、どうしようっかなぁ……。あ!キスしてくれたら離してあげるっすよ♪」
「え!?む、無理でしょ。こんなに人がいるのに…」
「んじゃ、このままっすね」
お前って奴は…と呆れ顔の丸井先輩なんて、もう俺の眼中にいない。
見えるのは美香先輩だけ。
やっとこの腕の中に捕まえたんだ。今までの分をきっちり返してやる。
俺がどんくらいアンタのこと好きか、わからせてやる。
「赤也くん…」
前に回した腕を解くようにそっと触れられ、美香先輩に両手を握られたまま向かい合う。
もちろんキスを期待して、見えないしっぽを振って待っていると
「こんなことしなくても、私はちゃんと赤也くんのことが好きだよ」
「……っ!」
その言葉は、キスよりも刺激を与えた。
嬉しい反面、見透かされていたことが恥ずかしかった。
余裕ぶってたけど本当は俺の方がドキドキしてたこととか、1歳違うだけで不安になって、こんな風に見せびらかしてたこととか、先輩に釣り合いたくて髪型気にしてたこととか……多分、美香先輩には全部お見通しだったんだろう。
「そ、そんなこと言われなくても、知ってるっつーの…!」
キーンコーンカーンコーン
丁度始業のベルが鳴り、俺は手の甲で口元を抑えて逃げるように来た廊下を走った。
くそっ……なんなんだよあの人!
折角照れた顔が見たかったのに、逆に俺の方が照れさせられてやんの。格好悪ぃ…。
けど、これでわかった。
もう不安に思わなくていいことと、俺がいくら抱きしめたり、キスしたりするよりも
『好き』
美香先輩から、そのたった一言を言って貰えるだけで安心できること。
fin.