テニスの王子様

□部長の遠山くん
1ページ/1ページ


私が四天宝寺中を卒業して2年が過ぎた。もちろん、高校でもテニス部のマネージャーを続けているが、ふと母校が恋しくなってしまった。いや、母校もそうだが……会いたくなってしまった。


「うわ………懐かしい」


変わっていない外観の懐かしい四天宝寺中の正門を見上げ、感傷に浸る。
昔はよくみんなでこの門を潜った。いや、潜ったと言うより滑り込んだ方が合っていると思う。思い出しただけで口元が緩んだ。

一番思い出深い“庭球部”のかけ板の前まで来ると、中から聞き慣れたパコンッという乾いた音がしていた。

白石くん達や財前くんも進学をし、恐らく今の部長はーー


「美香や!」


ドキドキしていた心臓を抑えて重い扉を開けた時、一番会いたかった人が真っ先に駆け寄って来てくれた。その人を見て、私は自分の目を疑った。駆け寄って来たのは、真っ赤に燃える赤髪に豹柄のランニング、無邪気な笑顔をした金太郎くんのはずだった。確かに目の前にいるのは金太郎くんなのだけれど、私の記憶の中の彼とはかなりかけ離れていた。小さかった背は優に私を越えていて、体格も筋肉質でがっしりとしていて


「ワイ、美香にめっちゃ会いたかったんや〜!」

「わっ…!き、金太郎くん…」


そんな金太郎くんに抱きしめられ、思わず同様してしまった。昔ならきっとなんとも思わずに言葉をかけられたはずなのに、あれから2年経った今のこの変わりように、ついていけていなかった。
そうとも知らず、相変わらず金太郎くんは無邪気に頭を私の肩口に擦り寄せている。


「めっちゃ懐かしい〜。やっぱ、美香はええ匂いやな」

「ちょっと…くすぐったいし、恥ずかしいでしょ!ほら、みんな見てるし!」

「ええやんか〜構へん構へん!」

「ダーメ」


大きい金太郎くんを力一杯押し返すと、プクッと頬を膨らませて拗ねる。そんな可愛い仕草は変わっていないのに、今の私はそれにすらドキドキしてしまっていた。


「それにしても金太郎くん、背伸びたね」

「せやろせやろ!まだまだ伸びるで〜白石を抜かしたるんや!」


2年前。白石くんにからかわれている金太郎くんを想像したら、微笑ましく思った。


「ふふ……それじゃ、もっと頑張らないとね」

「当たり前や!絶対、白石より大きなって美香と結婚するんや!」

「え!?な、何の話!?」


聞き捨てならない言葉に聞き返すと、ニッと歯を出して笑う金太郎くん。


「白石との約束や。ワイが白石より大きなったら、美香と結婚してもええて!」


私の知らないところでそんな約束がされていたのか!
小さな衝撃を心に受けるも、純粋に真っ直ぐにその約束を果たそうとしている金太郎くんの気持ちが嬉しかった。


「ねぇ、金太郎くん」

「うん?」

「もし、金太郎くんが白石くんよりも大きくなっても、私が何て言うかわからないよ?」


すこし意地悪をしたくなって言うと、さっきまで笑顔だった金太郎くんの表情がみるみる焦りに変わっていく。


「え、えー?なんでや。美香はワイと結婚すんの嫌なん?嫌なん?」


悲しそうに私の肩を揺らす金太郎くんを見上げ、申し訳ない気持ちになってしまった。

つくづく私は、金太郎くんに弱い。


「ごめんね、嘘だよ。私も金太郎くんが大きくなるの待ってるから」

「……!おん!待っとれよ、美香。ちゃっちゃと大きなったるからな!」


金太郎くんはほっとしたようにいつもの笑顔になり、私を思いきり抱きしめた。くるくると思ったままに表情を変える純粋な金太郎くん。

きっと私は、彼には勝てない。これからも、ずっとーー


「あ、でもまずは結婚を前提にお付き合いしなくちゃね?」


ふと気付いたことだが、金太郎くんと私は付き合ってはいない。告白をし合った訳ではないが、こうして結婚の約束をしているということは、私達は………両思い。もう3年生の金太郎くんが何も知らない訳がない。はず。


「えー嫌やー」

「え?」

「すぐ結婚したいねん」

「ええ!?」


見上げた金太郎くんの顔は至って真剣で、その男らしい表情に何も言えなかった。


「ワイ、頑張るから。美香のこと絶対幸せにしたるから」

「金太郎くん…」


笑顔をどこかに隠し、見たこともないような憂いの表情する金太郎くん。子供扱いしていた私が悪い。金太郎くんは、すっかり男の子から男の人になってしまっていた。

私をこんなに包んでくれる程にーー


「うん。すぐ…すぐに結婚しようね」

「よっしゃ!一生たこ焼き食うに困らんようにしたるからな!」

「そ、それは……」


一生たこ焼きは遠慮したいが、穏やかな家庭で金太郎くんと一緒にいられることを想像したら、それもいいななんて思った。


「遠山部長!次のメニューお願いします」

「………。わかったわ!ちょぉ待っとれ!」


コートから部員達が金太郎くんを呼ぶ。名残り惜しそうな顔をしながらも、金太郎くんは私から体を離し


「ほな、終わったらたこ焼き奢ったるさかい、楽しみにしときや!」

「うん!頑張ってね」


手を振って、たくさんの部員達の待つコートへ走って行った。その顔は、もうすっかりルーキーから部長の顔。


「いっくでぇ!超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐ぃ!」


西のスーパールーキーだった彼は今、四天宝寺の、浪速の、西の最強部長ーー



fin.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ