テニスの王子様

□子供嫌いな一氏くん
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今朝は、今までにないくらい学校に行くことに気が重かった。

普通なら喜ぶものだろうけれど、私には“喜び”よりも“落胆”の方が合っていた。
しばらく生理がきていないことや最近目眩やだるさが続いていた為だが、何より自分に思い当たる節があったから検査薬を買ってみた。そして、昨夜使ってみたらこの結果という訳だ。


「どうしよう……私、妊娠してるみたいなの」


仕方なくそのまま学校に行った放課後に一番最初に伝えたのは、父親になるはずのユウくんではなく、小春ちゃんだった。
もちろん、ユウくんが嫌いな訳ではなくて、言いづらいだけ。だってユウくんは、テニス部きっての子供嫌い。もし子供が出来てしまったことを知ったら、絶対嫌がると思う。現にユウくんは、私に言ったことがあった。

ー俺、子供はいらへんわ

私は、ユウくんが好きだし赤ちゃんは嬉しかったけれど、これからも一緒にいたいと思っているから、今赤ちゃんが出来てしまったことに小さな後悔もあった。


「ほ、ほんまなん…?よかったやないのぉ。おめでとさん!これでユウくんもお父さんやねぇ〜で、お父さんはなんて?」


誰もいなくなった教室で小春ちゃんは、苦しいくらい喜んでくれたけれど、首を横に振った私に驚いて顔を覗き込んできた。


「え?ユウくんにまだ言うてへんの?」


無言で頷くと、当たり前のように「なんでや?」と聞かれた。


「…ユウくんとの赤ちゃんは、とっても嬉しいけど…言うのが少し、怖いの……ユウくんは子供が嫌いだし、赤ちゃんはいらないって言ってたから……私に赤ちゃん出来たって知ったら、嫌になっちゃうかもしれないって思って……だから」


だからーー昨日一晩中考えて、考えて出した答え。


「私、この子を……………………………」

「そんなんしたらあかん!」


いきなり小春ちゃんが大声を出したと思ったら、思いきり肩を掴まれた。驚いて顔を上げると、見たこともないような形相の小春ちゃんがいた。


「折角、お天道さんから貰た命やないの。それを無駄にしたら絶対にあかん」


力強い言葉と有無を言わせない視線に、目からはずっと我慢していた涙が溢れ、体からは力が抜けてへたりこんでしまった。

本当は産みたい。

でも、ユウくんとはずっと一緒にいたい。例えユウくんとの赤ちゃんが産まれても、ユウくんがいなければ意味がないの。

ユウくんと赤ちゃんと私で3人でいたいのーー


「…小春、ちゃ……ぅ、産みたい…よ。ユウくんとの…赤ちゃ、産み…たい」


涙で途切れ途切れになった言葉を受け止めて、小春ちゃんはぎゅっと手を握ってくれた。


「そう。それでええの。ユウくんにもちゃんと言おうな。きっとわかってくれる」


だから私も、力強く頷いて決心した。ユウくんに言おう。私の気持ちも決意も全部、ユウくんに伝えよう。そう思い、小春ちゃんの手を借りて立ち上がった。


「俺に…何、言うて?」


その時、聞きなれた声がしたのに一気に背筋が凍った。振り返ると、そこには確かに大好きな人が立っていて、心臓はドキドキしているのにいつもより酷く息苦しかった。


「ユウ、くん…」


さっきの今で、この状況は突然過ぎる。静かに歩いてきたユウくんが私の前で止まると、いつもより大きく見えた。


「俺に言いたいこと、あるんやろ」

「ユウくん…」


私とユウくんの様子を小春ちゃんも心配そうに見守っている。ユウくんは、いつからいたのだろうか、少し前からいたとしても、私の言葉は聞いていたかもしれない。私もついさっきユウくんにちゃんと言おうと決心したばかりなのに、本人を目の前にすると怖くてなかなか言葉に出来なかった。
焦れったいのか、ユウくんも少しイライラしているようで


「言えへんのか」

「………」

「小春には言えて、俺には言えへんのか」


ああ、やっぱり…ユウくんは、私が言いたいことを知っている。知っているにも関わらず、私から私の口から伝えられることを待っていてくれている。
それだけで、心の中に幸福感と罪悪感が同時に渦巻いた。


「最初に言わなあかんのは、小春やないやろ。自分の彼氏は誰なん」

「ユウくん…!美香ちゃんはな…」

「小春は黙っとれ」


低い声で制され、小春ちゃんは喉を鳴らした。小春ちゃんにこんなユウくん、初めて見た。だから余計、怖くて申し訳なくて、顔が見れない。



「…ごめん、なさい…ごめんなさい……もう、産みたいなんて言わないからっ……ぉ、堕ろす、から………!」


ユウくんと一緒にいたい。でも、赤ちゃんも産みたいなんてワガママ、もう言わないから。

乾いた頬を再び涙が伝い、冷たい床にうずくまった時、ユウくんが体全部で抱きしめてくれた。


「アホ!!!堕ろすとか言うな。それ、俺が産んで欲しないみたいやないか。自分らの会話ずっと聞いとれば、勝手なこと抜かしよって」


産んで欲しくないみたい?ずっと聞いてた?
頭の中に?がたくさん浮かんできて、なにから理解したらいいのかわからなかった。なにか聞きたくても、泣き過ぎてしゃくり上げている為、今の所なにも話せない。


「あんな、まず言うとくで」


ぴったりくっついていたユウくんの肺が、一度だけ深呼吸をした。


「俺の子、産んでくれ」


思わず聞き返しそうになった。でも、その言葉はしっかりと余韻を残し、ずっと頭の中で反響していた。一番言って欲しかった大切な言葉が、じんわりと心に染み入る。


「……うん」


身を寄せ微かに返事をすると、そっと体が離され、見つめ合った。ユウくんは、涙と鼻水でぐっしょりの私の顔を「酷い顔やな」と笑って、ジャージの袖で拭いた後、顔を近付けてきた。私も目を閉じて、唇が重なった。


「…へ、へっぶしょい!」


はずだった寸前で、盛大なくしゃみが披露された。2人で振り向くと、そこにいた小春ちゃんは本当に申し訳ないと言うように、顔をくしゃくしゃにさせていた。


「ぶっ…さすが小春やな!やられたわ!」


途端、ユウくんも私も吹き出してしまって、その後しばらく3人で笑っていた。



すっかり日が短くなった帰り道、ユウくんと私は白石くんに事情を説明し、今日は部活を休んで帰っていた。

歩きながら白い息を吐くと、ユウくんは慌てて、既にユウくんのマフラーやコートがかけられた私の肩に、学ランを取り出してかけた。


「だ、大丈夫か?寒ないか?体冷やしたらあかんのやろ?まだ寒いんやったら」

「い、いやもう大丈夫だよ!とっても温かい」


そう言って、最後の防寒具であろうユニフォームの上着に手をかけるユウくんを止める。
防寒具の他にカイロまで奪ってしまった私は、温かいと言うより暑いくらいになっていたから、ユウくんの方が心配だった。


「ほんまか?腹の子は風邪ひかんのかいな」

「ふふっ……なんかユウくん、お父さんみたい」

「は?俺がお父さんやないんか!?それ誰の子や!」

「あ、ユウくんの子よ!大丈夫っ」


恐らく今のユウくんに冗談は通じないであろう。でも、そんなユウくんも可愛いなと思う。


「ねぇ、ユウくんは子供…大丈夫なの?」


車も通らなくなった道を歩きながら、ずっと気になっていたことを聞いてみると


「俺は、子供は苦手やけどな。美香との子供は別や。俺がなにも考えんと子供作るわけないやろ」

「え………そ、それって」


なんだが恥ずかしくなって、ユウくんから視線を外し俯いた。


「美香との子欲しい思たから、そうなったんやろ」


あの夜、ユウくんも私との子供が欲しいと思っていて…そう思うと、余計に恥ずかしい。


「やっぱり、好き合うた奴との子は欲しなるもんなんやな」


ぽつりと呟いた言葉に私も頷いて、ユウくんの左手をそっと握ると、とても冷たくなっていた。ユウくんもかじかんだ指先を絡めてくれて、こうしていると、心が温められているような気がした。

ねぇ、ユウくん。こうして3人で歩ける日もそう遠くはないよね?

私は、隣の愛しい人に寄り添いながら、まだ膨らんでもいないお腹に手を当てた。



fin.

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