テニスの王子様

□一氏くんの真面目な話
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ユウジと付き合って7年。

もうお酒も飲める歳になった私達は、高級レストランでもお洒落なカフェでもなく、いつも通り居酒屋で待ち合わせていた。

高校を卒業してからお笑いタレントを目指しているユウジと会社員として働いている私。お互い忙しい中で、必ず週に1回は会うようにしている。いや、会わなければ私が頑張れないという事もあるのだけれど、今日はユウジから話があると呼ばれていた。


「ごめん、ユウジ!待った?」

「いや、今来たとこや」


急いで居酒屋に入ると、既にユウジが座っていた。その向かい側に座ると、とりあえず二人でビールを頼む。


「どうしたの?ユウジが改まって話なんて。ネタに息詰まっちゃった?」

「ちゃうわ。俺かて真面目な話くらいするっちゅーねん」


真面目な話ーー改めて話と言われると妙に緊張した。実は、私にもユウジにいつ言おうかと思っていた真面目な話があった。ずっと考えていた

ーー結婚

私もやっと仕事に慣れて、生活に余裕が出てくると、当たり前のように結婚願望を抱いた。女としての幸せ、というよりお笑い芸人を目指すユウジをもっと近くで支えていたいと思った。これからもずっとユウジと一緒にいたかった。



「お待たせいたしました」


ビールとおつまみが運ばれて来たが、ユウジが一向に手をつけようとしないから、私もじっと待っていた。

緊張しているのか時々、はぁ…と聞こえるくらいのため息を吐いた。そんなユウジの姿を見て、私も握った拳が汗ばみ、胸の動悸が激しくなった。

なんだろう、この空気は。ユウジとこんな空気になったのは……そう、中学のあの時以来。

ー美香、俺と付き合うてくれ!

居酒屋独特の煙ったさと賑やかさの中、二人の周りだけに漂う空気に耐え切れなくなった私は


「あ、あのユウジ!私もユウジに言いたかったことがあるの!」


意を決して顔を上げてみたが、ユウジは無表情のまま


「おん。けど、俺から言わせて貰てええか」

「……うん」


その男らしくなった仕草に、心が騒ぎ出した。

もしかしたら、ユウジも私と同じ気持ちでいてくれていたのだろうか。いや、まさかユウジが………。

心が自問自答していると


「美香」

「は、はい」


決心したようにユウジが顔を上げる。

じっと私を見つめる目に射抜かれてしまうんじゃないかと思った。いや、射抜かれても構わないとさえ思う。それくらい、私はユウジが好き…愛している。
もっともっとお笑いのこと勉強するし、オクラ料理だって練習するから…ねぇ、ユウジーー










「別れようや」










突然、雑音しか聞こえなくなったのかユウジの声だけがよく聞こえなかった。

何て言ったの?

そう聞きたいのに、なぜか声が出なくて苦しくて、呼吸をしているだけで精一杯だった。

ねぇ、ユウジ。私からも言いたいことがあるの。先に言っちゃうね。

私と結婚しよう?

ずっとユウジと一緒にいたいの。ユウジならきっと日本中、世界中の人を笑わせられるから、いつか私とも夫婦漫才しようよ。漫才しながら、世界旅行とかしたいなぁ……ねぇ、ユウジ。


「…ユウジ」

「すまん。別れてくれ」


いっそのこと、都合良く耳が聞こえなくなってしまえばいいのに。こんなにはっきり言われてしまったら、嫌でも聞こえてしまうではないか。


「なんで」


以外にも自分が冷静で驚いた。


「俺、やっぱ芸人なりたいねん。せやから、もう美香と居れん」

「どういうこと?私、ユウジの夢応援するよ。ユウジを支える。一緒に頑張ろうよ。一緒に…」

「無理やねん。俺ん夢と美香、両方は抱えきれんねん」


突き放すような言い方に心にぽっかりと穴が空いた。


「だから……私を、手放すの」

「………すまん」


今まで抱いていた夢や希望や気持ちを全てかき消すような言葉。

だが不思議と悲しいとか寂しいという気持ちはなくて、ああ…ユウジらしいななんて思う。

私は、がむしゃらにビールを煽った。


「おい、美香」

「…ここ、奢ってよね。もう、知らないから」


拗ねた言い方に、ユウジはただ苦笑した。



それから私は、気が狂ったように閉店までジョッキでビールを飲み続け、ついには酔い潰れていた。


「世話の焼ける女やな」

「……ぅ、ぇ……誰の、所為よ……ぅ!は、吐く…」

「ほんまか!ちょ、待てや!」


フラフラの私を支えて、ユウジは送ってくれた。心底自分が情けなかった。けど、こんな私でもユウジは最後まで面倒見てくれて、最後まで………。


「ほれ。酔っ払いは早寝や」


マンションに着き、いつの間にか部屋のベッドに寝かせられる。私は、スーツのまま横になり、呻き声を上げた。思ったより酔いが回っているようで、頭も胃もグルグルと渦巻いていた。

そんな私を見つめ、ユウジはふっと笑う。


「ほな、今までありがとう」


ありきたりな、面白くも何ともない別れの言葉を口にし、背を向けたユウジに手を伸ばす。なんや?とでも言いたそうな目を向けられても、手を離さなかった。いくら酔っていても、ここで離れたらどうなるかくらいは理解出来ていた。


「……好きだった」


酔いに任せて言ってみる。今更、そんなこと言われてもただ困るだけなのに、ユウジから出たのは意外な言葉。


「俺もや」

「嘘つき。……ユウジは、私よりもお笑いの方が好きなくせに」

「俺は…美香を笑かすからお笑いが好きなんや」


そんなの初耳だ。今言うのもずるい。そんな思いを知ったら、余計自分が惨めではないか。でも、いくら惨めだとしても私は、ユウジの夢を阻むことなんて出来ないんだ。


「……ばかユウジ」


そう言って掴んでいたユウジの腕をベッドまで引っ張り、唇を重ねた。
私から、深く深く…せめてもの仕返しだ。
そうして別れた後、後悔してしまえばいい。私のことを忘れられなくなってしまえばいい。

そう思っていたのに、いつの間にか逆に私の体が倒されて、ユウジの深いキスを受け入れていた。

長いキスがしょっぱく感じた頃、そっと唇が離れると、しょっぱいキスの原因が私の頬をとめどなく伝っていた。


「ユウジ……行かないで」


最後の悪あがきで必死に伸ばした手は握られ、ベッドに横になっていた体を強く抱きしめられた。私も、ユウジを染み込ませるように体を擦り寄せる。

精一杯笑おうとしているのに、余計視界がぼやけた。するとユウジは、徐に自分のバンダナを外し、それを私の目にそっと被せた。


「美香。絶対芸人なって、M-1優勝したるさかい。せやから」


その上にキスを落としながら、ユウジは続きを飲み込んだ。だから、私は心の中で答える。

ーーうん。待ってる。


「達者でな」


そのまま、魔法にかけられたように眠りにつくと、涙は拭われるように吸い取られ、流れることはなかった。


ねぇ、ユウジ。
今度は、私から言うからねーー真面目な話。



(20XX年M-1グランプリ優勝はーー小春ユウジ)

fin.

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