テニスの王子様

□丸井くんとの放課後は婚礼式
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「よう、美香!どうした?」


話があるからと呼び出したブンちゃんは、放課後すぐに来てくれた。
外は既にブンちゃんの髪のような赤色に染まっていて、教室には誰もいなかった。


「…座って」


ただそう言われたブンちゃんは笑顔を消し、真剣な表情で隣の席に座った。


「改まってなんだよ。別れ話なんて聞かねぇかんな」


少し怒った声に、私は言うのを躊躇った。言うのが怖かった。
否定されてしまうことが怖くて、体が震えて喉の奥が苦しくなった。

必死に声帯を震わせて、あのね…と言葉を発する。


「……赤ちゃん、ね。できた……」


静かな教室でブンちゃんは、え?と息を飲んだ。

言ってしまった………。


「ブンちゃんの赤ちゃん……できちゃった……ごめんね。…ごめん、ね……」


まだ膨らんでもいないお腹を抑えて、私は謝った。
昨夜、妊娠を知ってすごく嬉しかった。
まだ子供の私は、親になる大変さも苦しさも知らない。でも、大好きな人との証を授かった嬉しさは、確かに感じた。
それと同時に、子供を望んではいなかったであろうブンちゃんへの申し訳無い気持ちでいっぱいだった。


「なんで」


ブンちゃんは、信じられないとでも言うように呟いた。

なんで、作ったんだーー

そうだよね…迷惑、だよね。
ブンちゃんには、まだまだやりたいことも、付き合いたい女の子もいたはずなのに……ごめんね。

でも私、産みたいよ…。
ブンちゃんとの赤ちゃん、産みたいよ…。


「…ごめ」

「なんで……謝んだよ」


謝罪の言葉を遮られる。

机の上に夕日に照らされた雫が落ちた時、ガタンと隣の椅子が鳴り……強く抱きしめられた。

しばらく状況が理解出来ず、ただ同じ姿勢のまま机に座っていた。

どうして抱きしめられているの?
どうして怒らないの?
どうして震えているの?

頭の中にたくさんの疑問符が浮かぶ。


「やったじゃん。つっても、まだ実感湧かねぇけど………おめでとう」


ーーおめでとう

その言葉に涙が溢れた。
ブンちゃんは優しく抱きしめながら、頭を撫でてくれている。

しばらくそうしていて、深呼吸するのが聞こえると、そっと体が離された。

向かい合って見つめたブンちゃんは、髪も夕日の所為か頬も赤く染まっていた。


「産もうぜぃ」


信じられなかった。
そう言って貰えるとは思ってもいなくて、頭の中は真っ白だった。


「…産んでも、いいの…?」

「当たり前だろぃ!ただ、ちょっと時期が早まっただけで、いつかはこうなる予定だっただろぃ?」


その言葉に、驚いた。
ブンちゃんは、ずっと考えてくれていたのだと思うと、嬉しさと愛しさで胸が締めつけられた。


「産んでくれよ。絶対、美香達のこと幸せにしてやるから」

「ブンちゃん……」


また泣きそうになって、ブンちゃんに抱きついた。

この涙は、嬉し涙。


「ありがとう……大好き。…大好きだよ……ブンちゃん」

「俺も。……なぁ、俺と」


珍しくブンちゃんは、言うのを躊躇って私の背中を撫でた。
先を促すように、私もブンちゃんに寄り添うと


「結婚、してくれるだろぃ?」


結婚ーー

赤ちゃんができたことで頭がいっぱいで、そんな当たり前なことを今まで考えていなかったが、改めて告げられるととても恥ずかしかった。

でも、確かに胸は幸福感で満たされている。


「はい……!」


前々から決まっていた答えに力強かったブンちゃんの腕から力が抜け、ふわりと抱きしめられた。


「やべぇ……俺、超幸せだ」

「うん…」


と言いつつも、きっと私の方が幸せだと思う。
こんなに素敵な旦那さんがいて、赤ちゃんもこのお腹の中に宿っていて、一緒に抱きしめられて……女の子としての幸せがこれ以上に何があるのだろうか。

窓から差し込んでくる夕日が教室を真っ赤に染めていて、まるでチャペルのステンドグラスのようだと思った。

すると、同じくこの雰囲気に酔ったようなブンちゃんが顔を覗き


「美香、愛してるぜぃ」

「私も、ブンちゃんを愛してるよ」


中学生にはまだ早い、恥ずかしい愛を囁き合って、キスを交わした。

すると、こんな時間にも関わらず鳴り響いた始業のチャイム。
それが私達を祝福してくれているようで、私はこの時を一生忘れないだろうと思った。



fin.

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