テニスの王子様

□白石くんと''好き''がない世界
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爽やかな風が屋上を吹き抜けた。
さっきまで大勢のテニス部員がいた屋上は、二人でいると不思議なくらい穏やかだった。

それは、私が彼を  だからーー


「忍足くん達、遅いね」


お弁当だけじゃお腹が満たなかった忍足くん達がなかなか購買から帰って来ない。
私の気持ちとしては、この空間が嬉しくもあり苦しくもあるから、落ち着かない様子でずっとドアと白石くんをちらちらと見ていた。


「なんや。俺と二人で居るのがそなに嫌なん?」

「あ、いや……そんなことない、よ」


隣に座っている白石くんの顔が見れなくて俯くと、包帯の巻かれた大きな手が頭を撫でた。


「美香は、可愛ええな」

「か、可愛いくなんて…」

「ほんま、可愛ええ」


呪文のように呟く白石くんの指が私の髪を弄ぶ。
壊れ物に触れるように優しく頬まで撫でられ、段々顔が熱を帯びて来るのに気付いた。


「…白石くん」

「可愛ええ。可愛ええよ。ほんまに…大阪にもこないべっぴんさん居らへん」


その口説きにも似た台詞と優しい手つきに頭がぼんやりした。

たまに白石くんと二人でいると、こうした甘い雰囲気になる。
もちろん嫌な訳がないが、いつからかどちらからともなく当たり前になったこの雰囲気が、少し苦しかった。

私は、白石くんが  。

でも、それは決して言葉にはならないない言葉。伝えられない気持ち。
だから、いくらこうして触れ合っても心を重ねることは、出来ない。


「…そんなに口説かないで」

「口説きちゃう。ほんまにそう思てる。美香、めっちゃ可愛ええから」


そっと頬が広い掌に包まれた。
自然と白石くんと目を合わせる形になり、目の前の整った顔を見つめると、その瞳の奥に熱を感じた。


「白石くん…  だよ」

「美香…?何て言うたん?」

「  、だよ…」


こんなに心から溢れて来るのに、言葉にならない。伝えることが出来ない。
゛  ゛の二文字を必死に言おうと声帯を震わせるのに、それだけが言葉にならない。
それがもどかしくて、焦れったくて心をきつく締め付ける。


「どう、してっ…しらい………」


「美香…わかっとる。わかっとるから」


そう言った白石くんは、苦しそうな顔をしながら、笑っていた。
そんな表情を見て、心臓が一層騒ぎ立てる。

そのまま、いつものようにどちらからともなく顔を引き寄せ合うと、やんわりと唇が重なった。

幸せな時間。


「ん……… 、 」


言葉で伝えなくても、気持ちが伝わってくる。
そんな瞬間があるなら、私はそれで充分だった。
例え、   なんて当たり前な言葉が伝えられないとしてもーー


「  やで」


唇が離れた一瞬、初めて白石くんの唇が言葉なく動いた。
それは、私が何度も発しようとしていたものに似ていて、妙に切なくなった。


「ねぇ、なんて言ったの…?」

「なんて言ったと思う?」


言葉にならないたった一つの言葉。


「  」


白石くんは、意地悪だ。
そんなもの。この世には一つしかないというのに。


「そう…もう一回言うてみ」

「…  。白石くんが  」

「俺も美香が  や」


こんなに幸せな気持ちになることを初めて知り、涙が溢れた。

  ともう一度呟くと同時に、思いきり白石くんに抱きしめられた。

もう、私達に言葉なんていらない。



fin.

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