テニスの王子様

□練習試合に騙される丸井くんと私
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ー立海との練習試合

そう聞いた時は、心臓が止まるような衝撃を受けた。心臓が壊れるんじゃないかってくらいドキドキしていた。

3年生という中学生最後の生活を私は、大好きな立海で過ごすことが出来なかった。

大好きなテニス部のみんなと
大好きなブンちゃんと
あの時別れを決意したはずなのに、ここーー青学に転校してからも私は懲りずにテニス部のマネージャーになった。

その理由は、自分でもわかっている。
まだ、私は


「立海だ」


誰かの呟きで全員の目が集まる。

そこには、大人数で、派手な黄色のジャージに身を包んだ懐かしい面々が見えた。
立海の放つ威圧的なオーラを感じた時、嫌でも気付いてしまった。
私はもう、他人になってしまったのだと。


「あ……」


その中に一際目立つ赤髪を見つけた瞬間、今までで一番強く大きく心臓が跳ねた。

いつものようにガムを噛みながら歩く姿に、思わずほっとしてしまった。


「ブン…」


声をかけかけ、止まった。

一瞬目が合ったブンちゃんは、何も見なかったようにすぐに視線を逸らせたから。

あ………そうだ。もう、他人ーー

わかっていても、明から様に他人の素振りになってしまったことが切なく、悔しく、その現実に追いつけなかった。


「なーに辛気臭ぇ顔してんスか」


俯いていた頭がぽんっと撫でられ見上げると、桃城くんが優しく笑っていた。

 ・・・・・・・
「折角の練習試合なんすから、もっと楽しみましょうよ」

「え?…そうだね」


意味深な笑顔を作る桃城くんに違和感を感じ首を傾げる。
その理由を知ったのは、すぐ後のことだった。



午前の試合を終えたお昼休み。


「これを頼む」


と、珍しく手塚部長から仕事を頼まれた。
立海へと差し入れとして大量のスポーツドリンクのペットボトルを渡され、私はよろめきながら立海の待機する教室へと歩いた。
マネージャーとして当然の仕事だが、滅多にない手塚部長から直々の仕事にどこか違和感を感じた。


「っと…」

「あ、ごめんなさ」


下を向いて歩いていた所為で、角から出て来た人に当たってしまった。
急いで顔を上げると、真っ先に目に飛び込んで来たのはーー真っ赤な赤髪。


「…ブンちゃん」

「おう。美香じゃん」


思わず呼ばれた名前に、一瞬だけ涙腺が緩んだ。
懐かしい声、懐かしい響き、懐かしい気持ち。
私の中にある思い出全てを呼び起こすような


「どうよ。青学は」


それは、あまりに予想外な言葉だったから、拍子抜けしてしまった。


「青学?楽しいよ。まだ慣れないことはいっぱいあるけど、みんな優しくて」

「ふーん…。よかったじゃん」

「ブンちゃん…?」


そっぽを向いて膨らませたブンちゃんのガム風船が小さく音を鳴らして破裂した。
どこか余所余所しい私達。
ブンちゃんといるのに、こんな空気は初めてで胸が苦しい。


「それ、俺らにだろぃ?」

「あ、うん……ありがと」


私の手から軽々と奪われてしまったペットボトル。
あんなに重かったのに、手が空しく感じてしまう。
もう、私の仕事は終わったはずなのに、その場から動けなかった。
ここで離れたら、もう前のようには戻れない気がして、離れたくなかった。


「あー…腹減った。もう行くわ」

「えっ……」


じゃーな、と向けられた背中がもう追いつけないどこかへ行ってしまうような気がした。

行かないで…!

必死の思い手を伸ばし、ブンちゃんの背中に額を張り付けた。
微かにふわりと香ったグリーンアップルの香りが目に染みる。


「なんだよぃ」

「ごめん…。もう少しだけ、一緒にいたいよ。…ごめんね」

「……」


ブンちゃんは、無言で私を引き剥がした。


「ブンちゃ…!」


縋り付くように顔を上げた瞬間、体がグリーンアップルの香りに包まれた。
力強く抱きしめられた途端、堰を切ったように涙が溢れた。


「謝んなよ。俺だって……一緒にいたいんだから」

「…ブンちゃん」


久し振りに肌で感じたブンちゃんは、確かに大きく頼もしくなっていた。
しっかり回された腕の中に体がすっぽり収まっていて、私の腕はブンちゃんの腰に回り切らなかった。


「…好きだよ。今でもブンちゃんが、大好き」

「美香…サンキュー。俺もずっと好きだったぜ」

「本当に…?」

「当たり前だろぃ」


少し体を離して見つめ合うと、ブンちゃんは照れ臭そうに目をそらせた。
それが以前と変わらなく可愛くて、私は思わず背伸びをしてブンちゃんの唇に自分の唇を重ねていた。


「…美香」


一瞬驚いたブンちゃんだったが、すぐに私を壁に押し付けて少し荒っぽくキスを返してきた。
ここは廊下だという危機感がスリルに変わり、私達は会えなかった溝を塞ぐようにお互いの唇を貪り続けた。

その時間が幸せ過ぎて、ブンちゃんに無我夢中過ぎて、この時の私は気が付かなかった。

ここは控え室に繋がる廊下で、今日は練習試合のはずなのにさっきから誰一人としてここを通らないのはおかしいということにーー

私達がそれに気付くのは、もう少し後の話。



(練習試合は油断せずにいこう)
(…たるんどる)

fin.

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