テニスの王子様

□丸井くんと転がるボール
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いつも通りガムを膨らましながら数回、アウトラインでボールをつく。
パシッとボールが手の中に収まると、思い切りラケットを振りかざした。
空を切るような早さで飛び、フェンスを鳴らす。


「あちぃ……」


俺は、憎らしく快晴の空を見上げながらTシャツの裾で額の汗を拭った。
他のコートで練習をしている部員の顔からもとめどなく汗が流れていた。

あー…もう、休憩休憩っと

水分補給の為ベンチまで来た時、おもわず目が止まった。


「……あ」


目線の先には、小さな体で山程ボールが積まれたかごを持つ美香の姿があった。

あんなの一人じゃ持てる訳ねえのに、夏の大会が近いからか、1年はこき使われているようだ。


「1年生!早くして」

「す、すみません…!」


女子テニの先輩からの野次に美香は嫌な顔せず、てこてこと駆け出した。

俺は、あいつが頑張っている姿を知っている。

ー私もブンちゃんと同じテニス部に入る!絶対入るの!

昔から頑張り屋で負けず嫌いだった美香は、反対を押し切って中学でも俺と同じテニス部に入った。
部員も多く、レギュラー争いの激しいテニス部で3年間球拾いかもしれないのに、美香は……。


「…頑張ってんだな」


お互い部活が忙しく、中学に入ってから会う機会がなかった為か、少し大人びて見える幼なじみ。

水を飲むのも忘れて、その姿を見つめていた時だった。

不意に美香が小石につまづいた途端、とうとう目の前で、高くかごに積み上がっていたボールがゴロゴロと転がっていった。


「あ……!」


きっとお互い同時に声を上げた。

落ちたボールを目で追った美香の体が重みでゆっくり後ろに倒れて行く。

やべぇ!

そう思い、気付いた時にはもう、俺は美香の体を支えていた。

いつ飛び出して来たのか、自分でも覚えてないくらい無意識で、無我夢中だった。


「わ…!ブンちゃ……」


驚いたように俺を見上げた後、振り返った美香は、俺の顔を見て間抜け面をした。


「気を付けろぃ。俺の天才的な反射神経がなきゃ、お前倒れてたぞ」


笑って頭をぽんと叩くと、地面に転がっているボールを拾い始めた。


「ったく、無理しやがって…拾うぞ」


ーブンちゃーん…転んじゃったよ…

ドジだった美香は、昔もよく転んで俺に泣きついていた。
それでも、泣きやんだ後にはまた笑顔で走って、俺の後をついて来て、そんなあいつが妹みたいに可愛くて好きだった。


「おい、美香?」


いつまでも立っている美香を見上げると、やっとはっとしてボールを拾い始めた。


「相変わらずだな。これ、俺が持ってってやるからさっさと拾っちゃおうぜ」

「だ、大丈夫です…」


ぴたりとボールを拾う手が止まった。

聞き間違いかと美香に目を向けたが、何も変わらずボールを拾っていた。


「…持って行けます、から…ブン太先輩は練習続けて下さい…」

「美香」


確認するように名前を呼ぶと同時に、ボールを拾い終わった美香が立ち上がった。


「…ありがとう、ございました」

「ちょ…!おい、待てよ!」


そのまま、逃げるように背中を向けた美香の腕を掴んだ。

このまま、帰す訳にはいかなかった。


「…なん、ですか」

「なんで、そんな喋り方なんだよ。お前らしくねぇ」

「……そんなこと、ないですよ」

「んな訳ねぇだろぃ」


俺と全く目を合わせない美香に少し苛立って、腕を掴む手に力を入れた。


「…私達、もう中学生なんですから…変わるのは当たり前ですよ」

「なんだよそれ」


そんなに、あっさり変われんのかよ。
今までのこと、全部無かったような態度取りやがって。

なぁ、美香…


「美香「ブン太先輩、もう練習に戻った方がいいですよ。ボール、ありがとうございました」


ーブンちゃん!テニスしようよ!

待てよ、待てよ、待てよ。
俺の中にいる美香は、最後に見た美香は、いつだって俺の後をついて来て、笑っていて……。


「美香!」


俺は、去って行く背中に手を伸ばし、昔と変わらない小さい体を抱き寄せた。

落ちたかごから、折角拾ったボールが転がっていく。


「っ…!」

「本当のこと言えよ」

「は、離して下さい…」

「言うまで離してやんねぇ」


腕の中から出ようともがく美香を閉じ込めるように腕に力を入れる。

確かめたかった。
この腕の中にいるのは、俺の知る美香だって。俺の好きな美香だって。
昔から変わらない、たった一人の幼なじみ。


「美香」

「…そういう風に、呼ばないでよ」


耳元で名前を呼んだ時、微かに美香の体が震えた。
だからもう一度、その耳に口を寄せて


「美香」

「…っ、なんで……私はもう、ブンちゃんの幼なじみでいちゃいけないのに…」


前に回した腕に、ぽつりと雫が落ちた。


「ブンちゃんは、レギュラーになって……どんどん格好良くなっていって…私なんか幼なじみに釣り合わないよ……」

「誰かに言われたのか」

「………」


無言は肯定だ。
俺の知らないところで美香は、ずっと悩んでたのか?
なんで俺に言わなかったんだ?
そんなに頼りないかよ?

聞きたいことは山程あった。
でも、腕の中で体を震わせる美香を見てたら、そんなことどうでもよくなって、取り敢えず今は傍にいたいと思った。


「バーカ。周りの奴らなんてどうでもいいだろぃ。お前は、誰がなんと言おうと俺の幼なじみなんだからよ」

「でも……」

「そうだろぃ?」


首を横には振らせない。

そんな思いで顔を覗き込むと、目があった美香は顔を歪ませて笑っていた。


「うん…そうだね!」


その笑顔に俺も満足して笑い返した時、地面の惨劇を思い出した。


「またかよぃ……面倒臭ぇ」

「もう。これはブンちゃんの所為でしょ」

「そうだっけか」

「そうだよ。もう……」


二人で、今度は笑いながらボールを拾う。やっぱり、美香は笑顔が一番だ。俺が好きな笑顔。
これからも変わらずに、傍で笑っていて欲しい。そう思うのは、大切な幼なじみだからだろぃ?

やっと転がりだした気持ちは、ボールのように坂道を一気に俺の知らない所まで駆け下りて行く。



fin.

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