短編夢1

□lucky smile
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その日は、いつも通りの朝だった。


「マリナ・美空!点呼の時間だ」


ジョシュアの騒がしい声に私は寝返りを打って答える。


「…わかったっての…もう少し静かに起こしてくれよ」

「他の看守に比べたら、俺は静かな方だぞ。お前は、それでも一応女だからな」

「一応ってなんだよ…それに女とか関係ねぇよ。私はもうずっと前から、女なんて捨ててんだから」


苦笑するジョシュアを横目に囚人服の中の右尻の上にある刺青を無意識に触る。

そう、CR:5の刺青を―――

5年前。
まだ私が15の餓鬼だった頃、この世界に足を踏み入れた。
思春期の女の子…だったのかもしれないけど、そんな明るい思い出なんて私には、ない。
組織に入ってからは、男ばかりの中、ボスや幹部を始め部下までも私を対等に扱ってくれた。
だからシノギも商売、殺し何でもやった。

それなのに、この刑務所に入れられた時は、嫌と言う程女だと思わされた。

しかし、監獄の風紀を乱さないためとかなんとか…この飢えた野郎共の中で、私を女と分かっているのが看守と共に投獄されているCR:5の幹部達、それに―――


「チャオ!マリナちゃん♪」


この男だけ


「ちゃん、って言うなジャンカルロ」

「えー。可愛いじゃんよ」


点呼を終えた清々しい顔でやって来る。

コイツがラッキードッグ…次期カポ……

いくらアレッサンドロの命令と言っても、心意が読めなかった。
きっと、何か考えがあるのだろうということは分かってはいるが。

なぜ、よりによってコイツなんだ…!


「ちょっとちょっと!ドコ行くのん?」

「あんたのいないトコだよ」

「そりゃ困るな。今日は、俺に付き合って貰うぜい」


何で私が…と言う前に無理に手を引かれる。

コイツ…見かけに寄らず力があるんだな、なんてらしくない考えを掻き消し、仕方なく歩いて行くと、早々と無人の運動場まで連れて来られた。


「ここでなら、二人きりでゆっくり話しが出来るな」

「私は話すことなんてないぞ」

「まま、そう言わずに」


近くのベンチに座らされると、ジャンカルロは噛んでいたガムを吐き出し、


「今回の脱獄。この大人数だし、かなりのリスクってのもある。まぁ、キミは女だし…一応そこんとこの話しでも聞いとこうと思ってな」


なるほど。意志疎通という名目の探りか。

思っていたよりも賢い男のようだ。


「いいだろ。けど、私を女扱いするのはヤメロ。タマ潰されるじゃ済まない程痛い目みるぜ。だから、脱獄も覚悟してるさ」


ニヤリと笑うと、ジャンカルロはおー、怖!と股を挟んで震えて見せた。

こんな飄々としてて、内心全然怯んじゃいないんだろうな…あの頃と変わらず―――


「じゃ、マリナ、アンタは俺に賭けてくれるって言うのか…?」


珍しく自信なさげに言うもんだから、思わず吹き出しそうになりながら煙草に火を点け、一吸い。


「ああ、少なくとも今は。その後は、脱獄出来たらの話だけどな。ラッキードッグ」


それを口元に差し出すと、嬉しそうにパクリと煙草を含んだその顔は―――


「任ーせとけい!」


まさに私が憧れた、眩しくて、だけどどこかあどけなくて、全てを賭け与えても良いとさえ思わせる笑顔だった。



fin.

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