短編夢1

□許されない嘘
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「マリナ様、どちらへ行かれるのですか?」


この大きな屋敷を一歩出るとなると、もう大騒ぎだった。


「少し散歩に行くだけです」

「散歩!?それでは護衛を…」

「もう!ただの散歩だから屋敷からは出ないし大丈夫ですよ」

「しかし…」


まだ渋っている屋敷の者に一時間後には帰るという条件で何とか説得する。

一度だけ屋敷を振り返ると、そのまま一目散に屋敷の鉄格子を出た。

長いスカートを持ち上げて止まることなく走り続けていると、賑やかな街並みに入る。

その中に、見失う訳がない待ちに待った姿が。
眩しい金髪に煙草の煙が立ち上がっている。


「ジャン!」

「うおっ!マリナ、ブレーキかけずに来やがったな」


走った勢いのまま飛びついてきた私を受け止め、ジャンは困ったように笑っていた。

こんな彼は、いつ振りだろうか。


「…会いたかった」


しがみつくように腕を回していた私の肩をジャンは、そっと離し


「いや、俺も嬉しいケドね。ここ人通り多いから」


薄暗い路地裏へと引っ張ってきた。

足が止まったのを確認し再び抱きつくと、今度はジャンも抱き返してくれ、少し困ったように頭を撫でてくれた。

久し振りの彼を体に染み込ませるように黄色いシャツに顔を埋めた。

私は、美空一家の一人娘。
彼は、マフィアCR:5のカポ。

お互いに決して関わってはいけない存在。


しばらくすると、ジャンは体を離し


「毎回立ち話も何だろ。今日は、俺の隠れ家に連れてってやるよ」

「隠れ家!?」

「そ。逢い引きにはピッタリの場所」


ウィンクをして見せ、歩き出した。

私は、月の決められた日にだけこうして屋敷に嘘をつき出てきては、ジャンに会っていた。

本当は毎日でも会いたかった。

けど、流石にそれは許されなかった。



しばらくして歩いていると、少し古びた建物の前で止まった。

ここ、とジャンは笑い、中へと入って行く。
その後ろをついて行き、一つの角部屋を開けられると中に入った。

そこは、一人部屋のようで窓もあった。

思ったより綺麗、というか最近の使用形跡が残されていた。


「悪いね。こんな色気ねぇ場所で」

「ううん。ジャンに会えればどこでもいいの」

「ワオ。俺、すんげぇ惚れられてる」


ジャンは苦笑いをして私の手を取ると、


「こちらにドウゾお嬢様」


立っていた私をソファーにエスコートし、座るところの埃をキザに飛ばして見せた。


「もう、ジャンったら…」


それが可笑しくて、くすくす笑いながら座るとジャンもその隣にどすっと腰を下ろす。


「…ふぅ」


ジャンは短く息を吐きポケットに手を入れると、何かを取り出した。

てっきりそれを煙草だと思ったが違った。ガムだ。

そうだ。
ジャンは、決して私の前では煙草を吸わないのだった。

吸ってもいいわよ、と何度言ってもお嬢様を煙に巻くことなんて出来まセン、などと誤魔化されとしまう。

きっと屋敷に戻った時、煙草の匂いに感付かれるのを避けているのだろう。

そう考えると、改めて自分の立場を思い知らされる。


「何シケた面してんだよ。…折角、お望みの二人きりになれたんだぜ?」


甘い声にはっとすると、ジャンはニヤニヤしてこちらを見ていた。

その視線に酔ったようにゆっくりと体をジャンに預ける。


「うん…。とっても嬉しいわ、ジャン」

「この甘えんぼさんめ」


肩の後ろから回って来た手で頬を撫でられた。

擽ったくて顔を背けた時、こちらを向いていたジャンと目が合った。

溶けてしまいそうな彼の視線に私は、そっと目を閉じた。


「……」


真っ暗になった視界の中、神経が唇に集中した時

チュッ

静かな部屋にリップ音が響き、額から唇が離れて行った。


「え…」


間抜けな声と共に明るくなった視界の中、ジャンが意地悪なような寂しいような笑顔を浮かべていた。


「…ジャン」

「あんま物欲しそうな顔しないでくれよ。…頼むから」


私は、ジャンが欲しかった。

好きだし、愛しているから。
けど、それは許されない。

だから、わがままは言わないからせめて―――


「…ジャン、キスして」


ニヤリとすると、再び唇が額に当たりすぐに離れて行った。

意地悪だ。


「……唇に、して欲しい」


焦れったく思い、ジャンのネクタイをクイクイと引っ張る。

もっと一緒にいたい。
もっと近付きたい。
もっと触れたい。

この思いは、決して許されはしないのだろうか―――


「…こんの…可愛いじゃねぇか、クソ」


悔しそうな呟きに滲んだ視界を上げた途端、熱い唇が押し付けられ、息が出来なくなる。


「…んぅ……ふ、はっ…」


肩を支えてくれるジャンの腰に私も腕を回して、そのキスを受け入れた。

慣れたようにジャンの舌が口内を侵して行く。
歯や歯茎、粘膜まで舐め上げられ、何も…いや、ジャンのことしか考えられずにいた。

そのまま、ゆっくりと背中がソファーに押し倒され、キスも深くなった。


「…ジャ…ン…っ」


淫らに口元からどちらのものかわからない唾液が零れ落ちる。

それすらも勿体無く思う。

……?

不意に太股の違和感に気付いてしまった。
と、同時に唇がゆっくり離れていった。

見つめ合い、なんとなく気まずい…。

そんな私にジャンが苦笑。


「…悪ぃな」

「…ジャン、あの…大丈夫…?」

「んー?」


誤魔化そうとするジャンと下を交互に見るように視線を泳がせる。

どうしたらいいのかわからずにいると


「男はこういうモンなのよ。気にするこたぁないぜ、マリナお嬢様」


私から少し距離を取って頭を撫でると、立ち上がり


「けど、俺もイロイロとヤバいから、今日はもう帰ろうぜ」


え、と差し出された掌を見つめる。

彼は、至って笑顔。


「嫌だわ…もう少し、いたい」

「フッ…マジで。アンタ、俺の理性壊す気?」


そんな小さな苦笑が聞こえた。

「イロイロ、ヤバいっつったろ。このわがままお嬢様が」


言葉とは裏腹にジャンは、再び私の隣に腰を下ろす。


「あと少しだけな。じゃなきゃ……もう一生会えなくなる」


残酷だがその確かな言葉を受け、ただ頷く。

こればかりは許されはしないのだから…だから、今だけはこのわがままを許して―――



fin,


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