短編夢1

□月明かりがあれば
1ページ/1ページ



古ぼけた山小屋から出ると雲一つない夜空で、月がとても眩しかった。


「どーしたよ。俺がいないから眠れないの?」


見張りのためそこに座っていたジャンがいつものような減らず口を叩く。


「んな訳ないだろ。ちょっと目が冴えただけだ」


軽く小突いて隣に腰掛ける。

なぜだか、ジャンの隣は落ち着いた。


「なぁなぁ…ムショも出たことだしよ〜もう、男っぽくする必要ないんじゃね?」


私の顔を伺うように覗いてくるその、何でも見透かされてしまいそうな視線から逃げる。


「別に、これはもう癖みたいなものだから」

「癖ねェ…男っぽい癖なんて、お兄さん嬉しくなくてヨ」


泣き真似をする25歳にバカか、と吐き捨てる。

この人は仮にも私より5つも年上で、デイバンに帰ればカポになる男だ。

きっと、こんなことが出来るのも今のうちだろう。

そう重うと、これは真面目な逃亡生活だが名残惜しく感じた。


「…ふぅ」


苛立ちがため息と混じり、煙草の煙となって吐き出された。

久し振りにゆっくりと一服出来てるかもしれない。


「俺にも」


顔を突き出してくるジャンに無言で煙草をくわえさせ、マッチで火をつけた。


「グラッツェ」


二人の煙が静寂の空気に漂う。

同じ煙草の同じ煙なのに、何故かジャンの吐いた煙が……


「マリナ」

「え!?」


突然、真面目に名前を呼ばれて思わず声が上擦ってしまった。

勿論、ジャンもそれに気付いて肩が揺れている。


「んな警戒しないでよ」

「だ、誰がジャンに警戒なんて…!」


焦りながらも、煙草を落とすまいと器用に口に挟んだまま。

ふと、ジャンを見て止まった。

その目が、余りにも真剣だったから。
今まで見たこともないような、私が出来ないような男の顔。

どうして今そんな顔をするのだろう。


「…ジャン?」


ジャンは、私の口から煙草を奪い取ると顔をゆっくり近付けてきた。

その緩やかな動作は、本当にゆっくり感じた。

月明かりに照らされキラキラしているジャンの髪に見惚れていて

気付くと、唇が重なっていた。

少し煙っぽいキスを何度も繰り返した。

神聖な夜には似つかない、卑猥な水音が響く。
それが嫌ではない。
理由は、自分でも気付いている――


「…ん、ちゅ……ふっ…」


しばらくして月が影ったと同時にリップ音を鳴らして、唇が離れた。


「…なに、すんだよ…っ」

「色っぽい声出せんジャン」


その余裕な態度がムカついて、ニヤニヤと笑うジャンに思い切り拳をぶつけた。


「いでで…!お、落ち着けって!」


殴られた腹部を抑えながら笑っていたジャンは、ふと穏やかな笑顔を向け


「俺の前では、サ……そのまんまでいていいんだぜ」


さっき取られた煙草を差し出され、反射的に口を開ける。


昔から変わらない。
そんなジャンの前で、自分も素を出してしまいそうで怖い。
本音を、言ってしまいそうで怖かった。



月明かりがあれば
何だって綺麗に見えた




fin,


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ