短編夢1

□slow pace
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「ちょ…シン、待っ…」

「待てない」


後退りするマリナの背中が壁につき、もう逃げられない。

詰め寄った俺は固く閉じた唇に自分の唇を重ねた。

これをキスというのだろうか

舌を入れようにもマリナの唇は頑なだし、体はガチガチで苦しそう。

胸を押されて体を離すと、マリナは肩で息をしていて目には涙が浮かんでいた。


「…はぁ、はぁ…なんで…なんでいつも無理矢理なの…っ」

「無理矢理じゃねぇだろ。何回キスしてんだよ」

「…何回しても…シンは私のこと、考えてくれたことないよ…」

「お前のこと考えるってなんだよ。キスしたくないってことか」

「違うの…!そうじゃなくて…」


いつもの些細なことからの言い合い。

こんなのいつものことなのに、今日のマリナの様子は違った。


「…シンは、いつも勝手…」


顔を覆って泣き崩れるマリナ。

昔からそう。

マリナを泣かすのは、俺。
笑顔にさせるのは、トーマ。

俺は、昔も今も泣かせてばかりだ。


「…どうすりゃいいんだよ」


こんなに好きなのに

好きな女も笑顔にさせられない餓鬼な俺。

年下でもマリナを引っ張ってやりたいとしてきたことがまるで間違いだったみたいだと思った。


「好きなんだって…どうしようもないくらい」


伝われよ。


「…私も、好きだから…お願い、もっとゆっくり…」

「ゆっくり?」

「うん…ちゃんと目を見て、キスして欲しい…」


息を吸い吸い言うマリナを心から愛おしいと思った。

俺を見つめる濡れた瞳は、吸い込まれてしまいそうで


「…シンは、キスする時私を見てくれないから寂しいよ…だから、ゆっくりでいいの…」


昔から喧嘩ばかりで、それは決まって俺が悪くて、だけどいつも謝るのはマリナの方からだった。


「…悪かったよ。そんなこと、全く考えてなかった」


餓鬼だから

キスすることばかり考えて、目の前のマリナなんて全然見てなかった。

こんなの誰にキスしても同じじゃねぇか


「…ごめん」


18年間で初めて口にした言葉。

涙が伝う頬に手を添えると、その上に一回り小さい手が重なった。

直前の視線が交じり合う。

なんだ、これ…。

目を見つめていると、心臓が激しく動き出して息が上がって手が震えてきた。

緊張、してんのか?

格好悪ぃ…。

俺は、ただこれを隠してただけなんじゃないのか?

がむしゃらにキスをして誤魔化して、マリナに知られないように


「マリナ…」

「…シン」


名前を呼んでゆっくりゆっくり唇を近付けて行くと、マリナの瞳が閉じた。


「んっ…」


今度は柔らかな唇に重なり、薄く開いた隙間から舌が絡まった。

マリナも壁に凭れかかり、合わせてくる。

もしかしたら、これが俺達のファーストキスだったのかも知れない。


「…ふっ…」 


マリナの体に力が入ったのに気付いてそっと唇を離してやり、後悔した。

キスした後の表情が、あまりにも色っぽかったから――


「…シン、ありがと…」


その上、破壊力抜群の笑顔でそう言うから


「…反則だろ、それ…」


逃がさないように、壁に両手をついて見つめる。


「シン…?」

「ちゃんと目合わせるからさ。…いいだろ?」

「えっ…!そ、それは…」


意味を理解したマリナの顔が赤くなった。


「嫌?」


自分なりに優しく言ったつもりだけど

すると、顔を俯けていたマリナは、小さな声で


「………ゆっくりなら…」

「ゆっくり、ね…」





slow pace
それは俺達の歩調




            fin,

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