短編夢1

□お前を忘れないから
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―待ってよ、シン…!


どんなに突き放しても追いかけてきてくれたお前に、ただ余裕かましてただけだったのかも知れない。

このまま、ずっと後をついて来るって


―シン!


って――――





お前を忘れないから






「シンくん、何か食べたい物ある?」

「何、それ」


怖ず怖ずと近付いて来たマリナにあからさまに不機嫌面をしてみれば、きょとんと見上げられた。

その仕草、表情は何も変わっていないのに、今目の前にいるマリナは俺を知らない。

この目で見てきたと言うのに、たまにそれが信じられなくなる。

だけど、こうして思い切り現実に引き摺り戻されるのも、結構堪える。


「…シンく…」

「だから、それ」


本当、変わんない鈍感さが恨めしくなる。


「名前。"シン"でいいっつったじゃん。今更お前にくん付けって、気持ち悪いんだけど」

「で、でも…」

「知らない奴を呼び捨てなんて出来ない?」

「………」


そうだよな。
お前、俺のこと知らないもんな。

知らない、もんな…。


「昔は必要非常に呼んでたくせに」


んな簡単に忘れちまうのかよ。

名前の呼び方さえも…。


「…シ、シン…」

「は…?」


目を向けると、顔を背けてもじもじしているマリナ。


「え、何。照れてんの?」

「あ…だ、だって…何か」


すると、自分の胸を抑えて


「…呼ぶと…何か苦しいの。でも、すごく温かくなる…」


もしかして、マリナは忘れても体は覚えてんのかな。

なんて都合良く考える。

けど、もしそうだとしたら…


「マリナ」

「…!」


右手を伸ばし頬に触れると、驚いたように目が見開かれた。


「もう一回呼んで」

「…え…っと…」


名前呼ぶだけでこんなになるマリナなんて、きっとこれきりだろう。

だから


「…シン」

「もう一回」

「シ…んっ」


その唇を塞ぐ。

もう二度と"シンくん"なんて呼べないように


「キス、下手なのも変わんねぇのな」


―そ、それはシンがいきなりするから…!


「う……ごめんなさい…」


変わったんだ、と改めて思わせられる。

あの時と同じ言葉をかけても、もう同じ答えは返ってこない。

何もかも"ない"なら


「あのな、一つだけ言っとく」


自分でも、何改まってんだって思った。

けど、これはマリナへ俺への布告。


「お前が俺を忘れたとしても、俺は」





お前を忘れないから
永遠にずっと




            fin,

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