テニスの王子様

□翻弄される丸井先輩
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「だーれだ♪」


教室で突然視界が遮られた。

聞き慣れた無邪気な声と柔らかな手の感触で、誰かなんて考えなくてもわかった。いや、なにより俺の心臓がドキドキしていたから。


「藤井、なにしてんだよ」


目から手を退かして振り返ると、やっぱりそこにいた藤井は、ぷうっと頬を膨らませた。


「えー、どうしてわかっちゃったんですか?」

「毎日会ってたら普通わかるだろぃ」

「でも、切原先輩はわかりませんでしたよ?」


こいつ、こんなこと赤也にもやったのかよ…。つーか、赤也のは絶対ぇわざとだ。わかっててやったんだと思う。心の中で、赤也覚えてろよ…と呟いた後、改めて藤井を見た。


「てか、なんでここにいんだよ」


よくよく考えると、ここは3Bの教室だった。普通の1年なら、3年の教室どころか2年の教室にもなかなか入れねぇっつーのに。藤井の場合は、まさに我もの顔でいた。


「だって、今休み時間ですし」

「お前な……」


ダメですか?と首を傾げる藤井にため息をつく。
こいつ、こういうところが可愛いんだけどな。なんつーか、無自覚というか天然というか。


「折角、丸井先輩に会いに来たのにな…」


え?と思わずガムを飲み込みそうになった。藤井の声がいつもの無邪気な声じゃなくて、しゅんと落ち込んだように小さな声だったから。
顔を覗き込むと、ぷいっと視線をそらされた。初めて見たそんな仕草が可愛いくて、堪らず手を伸ばす。


「藤井…」

「あ、仁王先輩だ!仁王先輩!」


俺の手が行き場を失った。
ぷいっと顔を背けた先で見つけた仁王の元に藤井は満面の笑みで駆けて行ったから。

あーもーなんなんだよあいつ!なんかすげぇ悔しいっつーか恥ずかしいじゃねぇか!

心の中で散々悪態をついて、ガムを破裂させた。


「やっぱり藤井が来とったんか」

「……おう」


飛びついた藤井を抱えたまま、仁王が机に近付いてきた。見せつけられるような光景にイライラして、俺は不機嫌丸出しで答えた。


「仁王先輩に会いに来たんですよ!」

「そうか。藤井は可愛いのぅ。よしよし」


仁王に頭を撫でられて幸せそうに笑う藤井。いつもは疲れも嫌なことも全部吹き飛ばしてくれるその可愛い笑顔が、今日ばかりは恐ろしく見える。

おい仁王……その可愛さに騙されるな。そいつは、天使の顔をした小悪魔だ。


「はぁ……本当なんなんだよ」


ため息をついて机に突っ伏す。


「丸井先輩?どうしたんですか?どこか具合でも悪いんですか?」

「…別にどこも悪くねぇよ」


強いて言うなら『気分』だけどな。

どうも今は、立ち直れる気がしねぇ…。なんで俺、こいつのこと好きになっちまったんだろ。初めは『うるさい1年のマネージャー』だったのに、いつの間にか『元気をくれる大切な後輩』になっていた。藤井がみんなじゃなくて、俺だけの傍にいて欲しいと思うようになっていた。


「丸井先輩、丸井先輩」


何回かユサユサと揺すられて、なんだよと顔を上げると、藤井はどこに持っていたのか、ポッキーを食べていた。


「お菓子食べれば、元気出ますよ」


そうだな。今はそれしか方法はないかもしれない。

俺は縋る気持ちで、1本くれと手を伸ばした。そして藤井は、可愛い満面の笑みで、はい!と食べかけのポッキーを手渡した。


「………………」


反射的に受け取ってしまった短いポッキーを見つめていると、藤井は新たなポッキーを食べ始めている。

おいおいおい、なんでだよ!俺がそっちじゃねぇのかよ!逆だろぃ!俺には1本も食わせらんねぇってか?それとも関節キスを狙ってか?

後者であって欲しいが、まずそれはないだろう。


「はい!仁王先輩も」

「おお、俺にもくれるんか。ありがとう」


仁王に袋を差し出す藤井を俺はどんな目で見ていただろうか。


「あれ?丸井先輩、食べないんですか?」

「…お前、わざとだろぃ」

「はい♪」



fin.

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